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「と、いうわけで」
「いや、どういうわけさ」
「今回は東京国立博物館にやって来た」
「無視しないでよ」
 左横から放たれる不満の声と、じとーっとした視線が俺に刺さる。
 そちらに顔を向けると、長い茶色の髪を持った少女――凪宮(なぎみや)春那(はるな)は、やはりと言うべきか、案の定と言うべきか、不満そうに頬を膨らませていた。
「……なんで怒ってるんだ?」
「わたし、今日博物館(ここ)に来るなんて聞いてないんだけど?」
「え? 言わなかったか? 前回は神保町でネタ探しをしたから、今日は国立博物館でネタ探し、もしくはなんか刺激になるようなものを観るぞって」
「知ーりーまーせーんー」
「ふむ……」
 どうやら、うっかり伝え損ねていたらしい。
 それでもしっかり準備をしているあたり、なんだかんで付き合いのいい友人である。
「ま、いいじゃん。せっかく来たんだし。春那にだってなんかいい刺激になるかもしれないぞ?」
「そうだけどー……朋希(ともき)は色々雑だよ……」
「悪い悪い。昼飯奢るから、そろそろ中に入ろうぜ」
 真夏ということもあって、空は青く澄み渡っており、太陽が気合い十分殺(ヤ)る気十分といった感じで、燦々と輝いていた。
「……そうだね、このまま突っ立っててもしょうがないし。いこ」
「おう」
 俺と春那は入場券を買い、ゲートを通って博物館の敷地内へと足を踏み入れる。
「結構人が多いね」
「だな。まあ、夏休みだから当たり前かもしれないけど……」
 春那の言葉に同意しながら、俺は辺りを軽く見回してみる。すると、とある看板が目に入った。
「なるほどな……」
「……? なにがなるほどなの?」
「あれあれ」
「…………ああ、そういうことね」
 俺が指差した方向を見た春那は、納得したように声を漏らす。
「縄文展、だね」
 春那の言葉は、この賑わいの理由そのものであった。
 なんでも、平成館のほうでは縄文展をやっているらしい。その特別展示を、この暑い中わざ観に来ている客が多いようだ。
「行くの?」
「いや、縄文展は通常の入場料とは別に料金が掛かるから、俺は行かないよ。春那は行きたかったのか?」
 行きたかったのなら申し訳ないと思ったが、春那は首を横に振って否定した。
「ううん、別に。まぁ、ちょっとは興味あったけどね」
 そう言うと、春那は先に本館へ向けて歩き出してしまう。
 どうやら興味があったのは本当らしいが、別料金を払ってまで、というほどではないらしい。
 俺が駆け足で春那に追い付くと、彼女はふと思い出したかのように問いを投げてきた。
「そういえば、どうして国立博物館に来たの?」
「え? いやだから、ネタ探しのため――」
「違う違う、そういうことじゃなくて。なんで、国立博物館なの? ってこと」
「ああ、それは単純に、ここが国宝や重要文化財を観ることができるからさ。他の博物館だと、だいたいそういうのは観られないし、観れたとしても、写真は撮れないからな」
「ここは写真撮れるの?」
「ものによるけどな」
 そんなことを話ながら進み、俺たちは本館でパンフレットをもらう。
「それで、最初はどこに行くの?」
「もちろん、まずはここの刀剣だろ」
「はぁ……ほんと、朋希はそういうの好きだよね」
「剣や刀は男のロマンだと思うんだが?」
「ドリルも?」
「ドリルは……別に、特に興味はないな」
「男のロマンてなんなんだろうね……」
「男である俺自身よくわからないから、たぶん答えは永遠に出ないと思うぞ」
 そうして俺たちが向かったのは、本館一階にある展示スペースで、刀剣が主になっているところだった。
 照明は最低限のみ点けられ、薄暗い状態になっている。その中で、展示されている刀剣が目立つように明かりで照らされ、その光を白銀の刃がまばゆく反射していた。
「おぉ……! こうすると、なんかすごく趣があるね」
 そう言った春那の声は、どことなく昂揚していた。
 かくいう俺も、何振りもある刀剣を目にして少なからず興奮していた。
 実物を観るのは初めてであり、その刀が持つ輝きに魅せられたのだ。しかし……いや、だからこそだろうか。
 俺はなんとなく、その魔力の本質が掴めたような気がした。
 刃物――それは、どこまでも人を魅了する。同時に、人は刃物に魅了される。危険なものであるとわかっているのに、触れたいという欲求が奥底から湧き上がってくるのだ。
 それはもはや、ある種の狂気と言っていいだろう。つまり、刃物は人間の持つ本能を呼び起こすように作られている。剣や刀の用途を考えれば、当たり前と言えば当たり前。
 しかし、人を魅了してやまないソレは、まさしく人を狂わせる……それこそが、刃物の本質ではないかと、この瞬間に俺は思ったのだ。
 そんなことを考えていると、横から春那が俺の服の袖をちょいちょいと引っ張った。
「ねえ、この刃紋ってなに?」
「ん? ああ、刃紋な。刃紋っていうのは、刀の刃にある模様だよ。ほら、あのゆったりした感じの波があるだろ? それが刃紋。刃紋にもいくつかあって、刀を打った人とかによって違う模様になるんだ」
「ほぇー……」
 春那は感心したように、刀をじっと見続ける。
 そんな彼女を見て、やはり刃物は危険なものだと改めて実感した。
「さ、もうここはいいだろ。次に行こうぜ」
「あ、うん」
 どこか名残惜しそうな春那を連れて、俺は次なる場所へと向かう。
 正直、これ以上この場に春那をいさせたくなかったが故の行動だったが、それを間違っているとは思わない。
 なぜなら、今の俺たちにソレは不要であるはずだから。
 刃物が呼び起こす人間の本能――それは〝生〟への実感と〝死〟の恐怖だから。
 俺はそんな非日常は望んでないと、いもしないなにかに向けて、俺は言外に告げた。
 

 

                                 〈終わり〉