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何かが、聞こえる。
人であんなにも賑わっていた昼間の様子とはまるで違う、誰もいない、薄暗い闇。
薄く、しかし過剰なまでに真黒な闇が辺りを包み込んでいた。
そんな景色だから、まるで自分が世界の中心にでも立っているような気がするのか。
少女は顔を上げた。
この空の色と同じ、闇色のショートヘアが風に揺れる。
今宵はこの少女、とある敵と戦うために国宝や重要文化財が詰め込まれているこの館へと足を運んでいた。
正義の味方の役目だからとか、悪い敵はやっつけるものだからだとか、悪さをするかもしれないからする前に消しておきたいのだとか、そういう理由じゃあない。ましてや、暇だから遊び相手を探しにきたと言うつもりも、彼女にはないのだろう。
敢えて言うのならば、『理由などない』。
理由なんて大層なものがあるのだったら、この『壊しちゃダメ』がいっぱい詰まった国の宝物庫の様な場所を少女が選ぶわけが無いのだから。
ギギィ、ギギギギギギィギギギギギギギギギギギギギギギギギギ、――キギギギギギギギギギギギギギ。
木製の重く大きな扉が開く音が、博物館の庭に響き渡る。
それを家主の許しと見た少女は、扉の開いた(そもそもこの建物の扉は木製ではない)建物の中へと歩みを進めていく。
そしてそのまま、少女は階段を登り、博物館の中へと入って行った。
…………少女の背後、庭の中央に位置する噴水にて、噴水から立ちのぼる影が、博物館二階の石で出来た柵の隙間から、そして――少女が通り過ぎた門の入り口から。
三つの視点から少女を捉える視線があったが、それに気づいたのか気づかなかったのか、少女は歩みを緩めることなく博物館の中へと入って行った。
博物館に入ると、館内の照明が一斉に点灯した。
しかし少女は動じない。
すると今度は照明が一度消え、今度は一つの場所だけが光に照らされる。――今回の、対戦相手だ。
『いよう。君が修羅の試練を三連勝中だっていう、ラッキーガールかい?』
そいつはまず、人間ではなかった。歴史の教科書などで中学生もよく目にするであろう土偶だ。……そいつが、夏のビーチを少し散歩すれば見つけられるような、チャラ男の声色で話していたのだ。
あと少女にとっては軽過ぎる口調。コイツの言うことはイマイチ信用できない――初見であるにも拘わらず、いやだからか、少女はそういう判断を下した。
それから次に少女が意識を向けたのは、土偶の攻撃手段。
土偶とはいえ対戦相手なので、何かしらの能力か或いは仕組みがあるに違いないと、少女はじっと土偶を見つめる。
『…………、そんなに俺を見つめるなよ。恥ずかしくてつい落としちまった』
…………「落としちまった」?
「……っ!」
その瞬間、少女は全力で横に跳んだ。
直後に彼女の鼓膜を叩く、ガラスが割れる音とヴァチッ! という電流の音。
「……、」
背後を見やる少女の視線の先には、天井から落下してきた照明。
『パイロキネシスかテレポートで最初は悩んだが、結局はコレにしたよ。何よりサイコキネシスは使い勝手が良いからね』
照明と天井を繋ぎとめていたコードと骨組みが、まるで強い力で引き千切られたかのようにひしゃげ、伸びていた。
「……、……ル」
床に転がったまま、少女は何かを呟いた。
『……くく、くくくくく。どうだ、声も出ないか!』
「……スピート、ラドン、レンネ」
暫く顔を伏せたままの少女が突然顔を上げ、その三つの言葉を呟いた時。
『うんっ!? ……な、何っ!?』
突然土偶が、バチバチと光る稲妻の様な光に包まれる。
『な、何なになねなになななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななnanananananananananananaなああああアアアァァァアアア――――――――ッッッ!??!!!』
電気に痺れて骨がレントゲンのように写る昔のアニメキャラクターの様に、言葉を痺れさせる土偶。
そしてゴトッ、と音を立てて地面に落ち、転がる。
少女の足元まで転がり、土偶は少女に足で止められる。
「……私が望んだのは、念力程度のものじゃない」
『何ンだ、一体何ナンだ!?』
少女はぐっ、と足に力を込める。
「……詠唱を必要とするものの、発動速度を犠牲にした代わりに圧倒的強度と万能性を手に入れた私の力。……『魔法』だよ」
その瞬間、土偶は少女に踏み割られた。
何の変哲も無い、ただの脚力によって。
「…………はぁ」
戦う者、息をする者が彼女以外に居なくなったこの場所で、少女はたっぷりとため息を吐いた。そして、顔を上げて一言。
「……のど、かわいた」
…………。
◇ ◇
修羅の試練 ステージ四、コンプリート。今回もお疲れ様でした。次回もまたよろしくお願いしたいところです。
あぁ、そうそう。
貴女が生きていたら、の話ですのであまり気に留めないで下さいね。