ライトノベル作家養成講座
『届かぬ恋(別に俺は好きじゃない‼)』 著:ユートヤマ
校門の両端に立っている葉桜は、登校する生徒を見守っているようだった。
その校門前で周囲から声をかけられている女子生徒が一人いる。その女子生徒——堀田 友菜(ほった ゆうな)も明るく挨拶を返している。そんな様子を、俺は堀田の横を歩きながら眺めていた。
ふと、堀田がこちらを振り向いて、
「ねえ、相変わらずマサに話し掛ける人はいないね」
俺の名前——八木 雅人(やぎ まさと)を略しながら言ってきた。別に良いけど、何ともとげのある言い方だ。しかし、堀田が言ったことは正しい。
高校生活が始まってからの俺は、いわゆるグループ作りに失敗したらしい。幸いだったのが、堀田とは家が隣で、家族ぐるみの付き合いがあったから、気軽に話しかけられる。クラスも一緒で、何かと助けられている。
俺は堀田から視線を逸らす。
「毎朝、同じこと言わなくていいよ」
堀田は毎朝、俺の家に来ては一緒に登校しようとする。学校に一緒に行くこと自体は良いのだが、何故か彼女と一緒に居ると周りの視線が集まる。主に男子の視線だが。
それに、今日のような会話も繰り返す。俺に友達がいないのは堀田も知っているはずだが、さっきみたいなことを、毎朝言われてしまう。
そうして、二人して歩きながら教室に向かう。
一年生の教室は校舎の四階にあり、俺達のクラスは階段を上ったところの廊下を奥まで行ったところだ。そこに向かうまでの間、堀田は相変わらず「おはよう」程度だが声をかけられていた。友達が多いようで。
教室に前に辿り着き、扉を開けて入ると、すでに登校している奴らが元気よく挨拶をして迎えてくる。勿論、俺に対してじゃないぞ。
全ての視線は堀田へ、全ての言葉は堀田に対する者だ。そう、彼女はクラスの中心的人物になっていた。
かく言う俺は、クラスの輪の中に飛び込もうとする堀田と、静かに別れる。まるで、最初からいなかったかのように。と言うより、俺に話し掛けてくる奴なぞおらん!
自分の席に着こうとする際、
「じゃ、約束通り放課後ね」
小声で、俺だけに聞こえるように堀田が呟いた。
「分かってる」
俺も、声を小さく返す。
そうして俺は自分の席——真ん中の列の一番後ろ——に着く。何とも見晴らしの良い席だ。カバンを机の上に置いて、一息をつく。思い出すのは朝の出来事だ。
今朝、いつも通り堀田は俺の家の前で待っていた。そして開口一番に、こう口にした。
——今日の放課後、一緒に帰るから待っててね——
突然のことで、俺は二つ返事で了承してしまった。
堀田は部活をしているから、普段、帰宅部の俺とは一緒に下校しない。堀田の部活がない日は、たまに一緒に帰ったりする。きっと、今日は暇なのだろう。
一時間目の準備をし、始業のチャイムが鳴るまではやることがない。いつも通り、机に突っ伏して眠りこけようとしたら、いきなり前の席の男子生徒から話しかけられた。
「なあ、お前と堀田って、付き合ってるの?」
初めて話す相手との会話が、これとは。もしかして俺は、堀田がいないと声すらかからないのかもしれない。
しかし、どうして堀田と付き合ってるのか訊いてくるのだろう。考えられる理由は一つだ。
堀田は男子からの人気が高い。ご本人によれば、すでに二回、同級生から告られたらしい。だが、残念ながら同級生が彼女に告ったところで、フラれる運命にある。
「いや、ただのご近所さんだ。あと——」
言いながら声をひそめて、これから彼がショックを受けないように事実を伝える。
「——あいつには今、好きな人がいる」
え、と男子生徒は驚きの声を上げた。周りの視線を集めるが、彼は何事もなかったかのように振る舞う。そして、俺に顔を近づけてきた。
「それって、お前のことか?」
それだったら今頃、付き合ってるだろ! と言うツッコミは置いといて。
「いや、二つ上の先輩だ。サッカー部の……名前は出てこないが、キャプテンの人」
そう、堀田はサッカー部のマネージャーをしており、どう言った経緯(いきさつ)があったかは忘れたが、キャプテンのことを好きになったらしい。本人より聞いた話だ。
俺が事実を伝えてやると、男子生徒は大きなため息を一つこぼした。
「そっかー、あの人かぁ。だったら、俺もお前も敵わないな」
おい、俺を道連れにすんな。
男子生徒は、そっかー、と何度オ呟きながら席を立ち、窓の方で駄弁(だべ)っている男子諸君の方に向かって行った。
その後、俺に話し掛けてくる人はおらず、眠気に耐えながら授業を聞いて、適当に購買で買ったパンを食べて午後の授業に備え——そして、放課後になった。
ホームルームが終わって早々、堀田が俺の席に来る。
「さ、早く帰ろう」
言われるがまま、俺も急いで帰り支度をする。
堀田と並んで教室を出るとき、他の男子の視線が痛いほど背中に刺さった……気がした。
*
俺達は徒歩で通っているため、自宅は学校から十五分程度だ。
校門をでたところの坂をずっと下って、河川敷まで行く。その河川敷を超えた先にある住宅街に、俺の家がある。
二人で並んで土手を歩く。風が吹き、川に沿って連なっている葉桜が揺られ、葉っぱが舞う。あと、夕日が眩しい。こうも周りの景色を見るのには、訳がある。
堀田が、一緒に帰ろうと言ってきた堀田が、一言も喋らないのだ。それに、俺と視線を合わせようともしない。
「な、なあ。俺に何か用があったんじゃないのか?」
俺は、さり気なく訊ねてみた。
サッカー部は今日も今日とて活動をしていた。となると、堀田はマネージャーの仕事を休んで来たことになる。そうまでして、俺と帰る理由は何だろう。
堀田は足を止めた。一歩遅れて俺も足を止め、後ろを振り返る。彼女は下を向いていた。
風が吹き、堀田の髪がなびく。同時に顔を上げ、俺の目を見ながら近寄ってきた。
「ち、近いぞ?」
堀田との距離は、無いに等しい。彼女が付けている香水なのだろうか、ふわっと甘い香りが漂ってきた。
俺の方が頭一つ分は背が高いから、自然と堀田のことを見下ろす形になる。あまり近くで見たことはなかったから気付かなかったけど、意外と目が大きい。くりっとしている。
また一歩、堀田が俺との距離をつめてきた。咄嗟に俺は、彼女の両肩を掴んで引き離す。
「何だよ、今日は! 何がしたいんだ、マジで⁉」
「何だと思う?」
堀田が、意地の悪そうな笑みを浮かべながら言った。
「へ?」と、俺は間抜けた声を上げる。何なんだ。今日の堀田は、何がしたいか分からない。こいつの行動の意味なんて、今まで考えたこともなかったが、今日は何がしたいんだ、としか言いようがない。
部活を休んで俺と帰り、何か用があるのかと思ったら、一言も話さずにここまで来て。あまつさえ、今の状況はいったい……。
呆けて堀田を見ていると、彼女は手を前で組んでもじもじとしている。その落ち着きのない様子に、一瞬だけドキッとしてしまった。
心臓が、高鳴る。
視線は、俺と合わせようとしない。それは、どこか恥じらいがあるように思えた。
なんだ、このシチュエーションは。この状況は、俺はどうすればいいんだ!
「ねえ、ドキッとした?」
俺の頭が困惑している最中、堀田が言ってきた。返答する暇もなく、彼女が距離をつめてきた。
上目遣いで、俺を見てくる。
「何か、言いたいんじゃない?」
——言いたいこと?
俺が言いたいことって、なんだ。とりあえず、整理しよう。
今日、堀田は部活を休んでまで俺と帰りたがった。そして、普段はこんな恋する乙女のような仕草をしない。どちらかと言うと、俺にとって堀田は男友達だ。
——待てよ?
恋する乙女、か。もしかしてこれは、彼女なりのアプローチなのだろうか。しかし、そうすると納得できない点がある。
俺は、しっかりと堀田の目を見ながら口を開く。
「お前は、サッカー部のキャプテンが好きなんじゃないのか?」
堀田が好意を抱いているのは、サッカー部のキャプテンだったはずだ。某氏の名前は出てこないが、この情報に間違いはない。本人から聞いたのだから。
「違う、って言ったら?」
「へ?」
また、上擦った声を上げてしまった。
さっきから、鼓動がうるさい。堀田を前にして、緊張しているのか? いや、そんなはずはない。生まれたから一度も、こいつのことを恋愛対象として意識したことはない……そうだろうか。
本当に、そうやって断言できるのだろうか。俺が堀田のことを、ただの友達として見ているのなら、クラスの男子の視線が集まっても気にならないはずだ。
「俺と、付き合ってくれ!」
気がつけば、そう口走っていた。目を瞑り、夕焼けが当たっているせいか、いつもより目蓋の裏が良く見えた。
風が吹いて、ざわざわと木が揺れる音がする。堀田からの返事を待つ時間は、やけに長く感じた。
そして——
「はい、オッケ~」
「本当か⁉」
俺は勢いよく目を開く。
「うん、ここまでして、ようやくその言葉を引っ張り出せるんだね」
「こちらこそ、引っ張り出してくれてありがとう!」
「いやいや、こちらこそ~。これで私も、キャプテンにアタックできる気がするよ!」
おい、ちょっと待て。話がかみ合ってない気がするぞ。今、堂々と二股宣言をしたような気もする。
「……なあ、俺と付き合うんだよな? どうして、いきなりキャプテンが出て来るんだ?」
え、と堀田が驚いた顔をする。
「マサとのこれは練習だよ。いかにして告ってもらうか試してみたの」
だって、と堀田は続ける。
「女子から告るより、告ってもらったほうが嬉しいでしょ? ——そう言うことだから、マサ、付き合ってくれてありがとう」
一瞬で破局しました。
でも、別に大丈夫だし。元々、堀田のことを恋愛対象としてみてないわけだし。負けたとも思ってないし。
そう、俺は恋していたわけじゃない‼
(了)