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美優「京香……私、今日の文化祭最後の花火が上がったら、告白しようと思うの……彼に」
京香「(ゆっくりと)……そうですか……。美優、絶対大丈夫です、彼ならきっと、気持ちに応えてくれるはずですよ」
美優「(震える声で)京香……ごめんね……。最初に好きになったのは、京香なのに……」
京香「ううん、いいんですよ。私はもうすぐ遠くに行ってしまいますし、それに……たった一人の親友が幸せになれるんですから、とても嬉しいです」
美優「……京香……ありがとう……」
京香「花火まで時間があります。お友達と遊んできてください。私は大丈夫ですから……」
美優「……京香……。行ってくるね……また、後でね」
京香「はい、がんばってくださいね、美優」

SE:教室の扉を開き、閉じる音。

京香「(声を震わせて)……大丈夫……私は……大丈夫……」

SE:放送のチャイム

放送A「文化祭実行委員より連絡です! 午後一時より演劇部によるミュージカルが開演します! ぜひ見に来てはいかがでしょうか?」

SE:教室の扉を開く音

晴彦「ここなら誰もいないな……あれ」
京香「えっと……こんにちは、東条くん」
晴彦「井上さん? ……こんにちは。どうしてこんな場所に?」
京香「見ての通り、出店の商品を食べてます。……食べますか?」
晴彦「僕が訊きたかったのは、最後の文化祭に、どうしてこんな場所に一人でいるのか、なんだけど。立原さんと回らないの? 確か、仲良かったよね」
京香「……最後くらい、一緒にいて悲しくならない相手の方が良いと思いまして……」
晴彦「(ゆっくりと)そっか……井上さんは、転校するんだったな。……僕は、ここにいても君が悲しくならない相手かな」
京香「……それは、これからの会話で決まってしまいますね」
晴彦「そっか。……焼きそばもらっていい?」
京香「はい、どうぞ」
晴彦「ありがとう……うん、美味しい」
京香「あっ……私の箸……」
晴彦「……あ、ごめん。ぜんぜん気にしてなかった……」
京香「(悲しそうに)ぜんぜん……そうですか……」
晴彦「……ええと、ごめん。箸使っちゃって。怒ってる?」
京香「(少し怒ったように)……別に、箸で怒ってるわけではありません」
晴彦「そ、そう……ところで、本当に立原さんと文化祭回らなくていいの?」
京香「いいですよ。……美優は最後の文化祭くらい、私なんかにかまっていてはだめです。美優は人気者なのに、こんな地味な私と仲良くしてくれる唯一の友達です。だからこそ、最後の文化祭を私なんかの記憶で終わらせたくないんです」
晴彦「……立原さんも君も、優しいんだな」
京香「私は優しくなんかありませんよ。でも、美優は本当に優しい子です。どうですか? この際に仲良くしてみては。おすすめですよ?」
晴彦「それは魅力的な提案だけど、僕なんかといるよりかは、立原さんは君といた方がいい。君は、この高校と学園祭最後の思い出が僕で、本当にいいのか? もし少しでも後悔するなら、行った方がいい」
京香「(少し笑いながら)……やっぱり優しいですね、東条くんは」
晴彦「……そんなことないよ。それを言うなら君のほうが……」
京香「そんなことあるんです。だから東条くん。(少し笑って)近くにいる、自分を見てくれる存在を、見逃してはいけませんよ」
晴彦「僕を見てくれる、存在……?」
京香「……私は、あなたといるのが少し悲しくなってしまったので、もう行きますね。さようなら」
晴彦「……うん」

SE:放送のチャイム

放送A「まもなく十八時より、二人で手を繋いで見たら必ず結ばれると噂の、打ち上げ花火がグラウンドであがります! 是非見に来てください!」

晴彦「井上さん、立原さんと会えたかな……」

SE:教室の扉を開く音

晴彦「あれ、立原さん……?」
美優「いた……晴彦くん」
晴彦「どうしたの……? 井上さんは?」
美優「京香は、私たちの教室にいるよ。それで、あの……話が、あって」
晴彦「……うん。なに?」
美優「(恥ずかしそうに)……今まで、ずっと言えなかったけど、言うね。……私、晴彦くんのことが好きです。ずっと一緒にいてくれたら、嬉しいです……付き合ってください」
晴彦M「(僕を見てくれる存在は……立原さんだったのか。こんな僕なんかに、身体を震わせてまで勇気を出してくれて、嬉しい。……でも……)」
晴彦「(沈んだ様子で)……ごめん。僕は君の気持ちには応えられない」
美優「(残念そうに)……そっか。好きな人、いたんだ」
晴彦「……ずっと話していたくても話せない、一緒にいると心がもどかしくなるのを好きって言うなら、きっと僕は、彼女のことが好きなんだと思う」
美優「……やっぱり、京香でしょ?」
晴彦「(恥ずかしそうに)……う……ん」
美優「(少し声を震わせながら)……知ってたの。でも、京香も背中を押してくれたから、言いたかった。ねえ、晴彦くん。ひどく身勝手な私の話、聞いてくれる?」
晴彦「……うん」
美優「ありがとう。……私ね、小学生の時に、幼馴染だった男の子が死んじゃったの。すごく大好きだった。その子はね、晴彦くん、あなたにとても似てた」
晴彦「……僕に……?」
美優「うん。(声を震わせながら)……ひどい話でしょ? あなたのことを好きって言っておいて、私は結局、あなたの陰にいる彼のことを好きだったの。……ごめんなさい……」
晴彦「……立原さ――」
美優「(前のセリフに被せるように)晴彦くん。……きっと今、もう一人泣いている女の子がいるから……そっちに行ってあげて? 私は……大丈夫だから……」
晴彦M「(ここで僕が掛ける言葉は『ごめん』じゃない)」
晴彦「立原さん……ありがとう」

晴彦「ハァ、ハァ……教室だって言ってたよな……」

SE:教室の扉を開く音

京香「……東条くん……」
晴彦「……井上さん……」

SE:花火の打ち上がる音

京香「……おめでとうございます。美優と恋人同士になったんですから、大切にしてあげてくださいね」
晴彦「……断ったんだ。立原さんの告白」
京香「……どうしてですか? 断る理由なんてないはずでしょう? 人気者で、優しくて、あなたのことが大好きな美優を……どうして……」
晴彦「……井上さんのことが好きだから。それ以外に、理由はないよ」
京香「(苦しそうに)やめてください……。遠くに行くから気持ちを断ち切ったのに……。もう、諦めさせてください……」
晴彦「僕は、距離なんかで諦めたくない。初めて人を好きになったんだ……その気持ちを距離なんかで、諦めたくない。……好きだよ、井上さん」
京香「……私の方が、東条くんよりずっとずっと好きですよ。……東条くんが思ってるより私、面倒くさいですよ? 毎日声が聞きたくて、電話とかいっぱいしてしまうかもしれません。休みの日とかは、会いに行っちゃうかもしれません。……こんな私で……本当にいいんですか……?」
晴彦「……僕は、君じゃないとだめなんだ……」

SE:花火の上がる音

晴彦「……井上さん」
京香「(恥ずかしそうに)……京香がいい、です……」
晴彦「京香……手を繋ごうか」
京香「……はい、繋ぎましょうか。そういえば、花火、ここからじゃ見えませんね」
晴彦「じゃあ、このまま思い出作りも兼ねて、校舎を回りながら花火を見ようか」
京香「(声を弾ませて)最初のデート、ですか? やったー」
晴彦「そうだ。これから何回でも、何十回でもこうやって、手を繋いで歩こう」
京香「はい……ずっと」

終わり