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 今、私は学校の行事で京都に来ている。一般の観光客がこの地に来たら何を思い浮かべるか少しは興味あるが、それどころではない。京都が盆地であることは周知の上度と思う。ただ来た時期と運が悪かった。真夏と九州に向かっている台風によって流されてきた南風がコラボしてただでさえ蒸し暑い盆地を中温サウナに変えてしまったのだ。そんなわけで、私は少しは涼めそうな自然観光を友達三人と行うことにした。
 嵐山を観光しているといろんな観点での経験を得ることができた。日本と外国の人によって形が違う京都嵐山という世界。私たちは、建築物や自然の姿を捉えていたが、彼らは私たちには考えられない世界観で嵐山を観光していた。ただ理解できたのは、彼らと私たちが嵐山のてっぺんから京都を見たいという知識欲が一緒だったということだけだ。
 とはいってもこの日は少し霧がかっていたために山頂から京都を一望するにはかなわなかった。
 残念な空気が漂う中、山頂から手入れが行き届いてない小さな山道を通る道のりで下山していると川辺でボート乗り場を見つけた。一時間千五百円とお高めだが、ボートなんて生まれてこの方乗ったことなどなく、乗ってみたいという好奇心があった。友人に
「乗るか?」
 と聞くがきっぱり断られる。早速挑戦してみる。まずは漕ぎ方をレクチャーしてもらおうと主人に話すと
「まずは船に乗れ」
 と怠そうに言われた。なんとなく、そういう人だと悟っていた為、言われたとおりに23と書かれた水色のヨットに乗る。
「乗るときの一歩目をヨットの中心に乗せないと次の足で傾いたほうへ転覆する」
 と彼に説明される。まず右足でヨットの中央を捉え、勢いに乗せて左足も乗せる。その後、バランスを取りながら座り、オールを渡される。その直後、突然、ヨットが進み始めた。

 えっ……

 そう思ったときには、渡橋から大分流されていた。私は必死に渡されたオールを漕ぐが、川の流れが速くどんどん予期せぬほうへ流されていく。友人たちは、のんきに手を振っているが、私はこのまま流れに身を任せたままではまずいと二十ばかりの人生から察する。いったん漕ぐのを止め、ひとまずこの一分足らずで心にたまった主人への不満を呟く。だがそんなことでは解決するのならば、レスキュー隊はいらないなとツッコミを入れ冷静を取り戻す。            
 取り合えず、オールをどう漕げばどのように進むのか詮索してみるが、水が泥のように重く体力だけが削られていく。やがて、流されすぎないように置かれた古く壊れた屋形船にぶつかる距離まで来てしまった。どうすれば、この状況を打破できるのか焦り始める。もはや冷静になれるわけがない。
 すると、空から甲高い音が聞こえてくる。風が空を切り裂くような音。それと同時に、水面がまるで道を作るかのように凪ぐ。
「こっちだよ」
 とでも、言っているかのように俺を導こうとする。だが俺は、船の漕ぎ方かわからなかった。
「大丈夫。両手のオールを一緒に前から後ろに漕いでくれれば、私たちが君を導くよ」
 というように風が背を押すように吹く。私は助けてくれるならやるしかないと、言われたとおりに両手のオールを前から後ろ方向に漕ぐ。すると、先ほどよりも勢いよく前に進む。
「あの岸部。あそこにも同じ船着場があるの。そこに向かうわ」
 風は私をその場所へと誘いながら説明してくれている。
「君ならできるよ」
 と川の水はヨットの揺れを減らしながら励ましてくれる。
 そう感じた俺は「末期だな」と声を漏らす反面、彼らに助けて貰ていることを感謝する。
 やがて、岸部が近くなりようやくゴールにたどり着くのだと期待感に胸を躍らせていた。期待感から達成感へと変わる瞬間、つまり船着場にいた三十代のいかつい男の人が私のヨットを棒で引っ張り、ようやく陸地に足をつけられた。私は、男にあの向こう岸の男のせいで流されたことを注意してその場を去った。ふと、安堵で忘れかけていた彼ら―さっきまであった水の道や風が何事もなかったかのように消えていた。まだ、お礼の一言も言えてなかった。でも、何故だろうか。またどこかで会える気もしている。
「ありがとう。またあおう」
 私は渡月橋の上で私の命を救った見えない者たちに告げた。すると心地よい北風が私をすり抜ける。まるで、「また会いましょう」と答えるかのようだった。
 友人たちが手を振りながら、
「流されてやんの」
 と笑っていた。
「でもいい経験はできたよ」
 私がそういうと彼らはポカーンとした顔になった。
 確かに大げさだったかもしれないが。でも、本当に私はこの日、とんでもない経験をしたのかもしれないな。