これは、私の高校時代の中で1番キラキラした、ほんの三十分くらいを書いた物語。
「咲、おはよ!」
「おー、おはよー!」
私は咲。この日もいつも通り、話の合わない仲のいい友達と挨拶を交わすことから私の高校生活の一日が始まる。この日は私より先に同じ仲良しグループの友達が数人登校していた。
「昨日のドラマ見たー?」
「見た見た!」
「たらしのNJめっちゃかっこよかったよね!」
「うん、めちゃめちゃかっこよかった!」
私の席の周りでドラマの話をしている。それも私の日常。集まってる友達に一通り挨拶をした所で私は輪の中心にある自分の席に座る。私の周りにいる友達はドラマをよく見る。女子力の固まり、みたいな子が多い。その代わりに私はテレビも滅多に見なくて、ネットの動画ばかりを見る生活だからドラマの話は分からない事が多かった。
「あ、咲は?昨日のドラマ見た?」
「あ、いや。昨日は別の見ててさ、見てないんだー。」
「咲ってドラマとか見ないよねー?いつも何見てるの?バラエティとか?」
「いや、バラエティでもないかな…?あ、あはは…」
「へー、そっかー。」
「あっ昨日のさバラエティの…」
居ずらい…。私も輪の中にいるはずなのに私以外の友達がドラマの話で盛り上がっているこの空間が。私はこの日もこの場を作り笑いでやり過ごしていた。
「よ!松本。」
「…。」
「こいつほんとに喋らないなー。」
同じクラスの松本くんがこの日もイジられていた。松本くんは入学してから自己紹介以外話さなかったらしい。二年で同じクラスになったからこの時はまだ松本くんの声を知らない。
「なぁー、なんか話せよー。」
「…。」
「もう、やめなって~。」
「松本くんは喋らないキャラなんだからさ~?」
「それもそうだなー笑。逆にこいつが話したらキモイわぁ~。」
クラスのみんなが松本くんのことを笑っている。これもいつも通り、松本くんは何を言われても絶対に話さなかった。私はこのやり取りを聞いてただけで何も言わなかった。
この日の放課後はいつもと違った。この日はテスト一週間前だ。
「あれ?咲は帰らないのー?」
「うん、テスト勉強してから帰るー。」
この日、私は話の合わない友達と一緒に帰ることは無く、テスト勉強のために教室に残っていた。
その時扉を開けて教室に入ってきたのは松本くんだった。
「あ、松本くんも居たんだ。」
「…。」
松本くんは何も言わず、最前列の自分の席に座った。私は何も話さない松本くんとの空間が気まずかった。
「松本くん、さっきまで何してたの?」
「…。」
「…。」
二人とも黙ってしまった。私は、この微妙な空間から逃げ出すために自分のスマホを出した。私はテレビを見なくて、動画をよく見る。と書いたが、私がいつも見ているのは大好きなゲーム実況者、まっちゃんだった。私は彼に癒してもらおうとイヤホンを付け、まっちゃんの動画を再生した。
「はーい、どーもっ!まっちゃんです!今回プレイするゲー…」
「っ!」
しかし、私のイヤホンから音声が流れない。私は状況がよく理解出来ず、もっと音量を上げる。
「…これっ!」
まだまだ聞こえない。もっと音量を上げる。
「…うぅ。」
もっともっと、と音量を上げているうちに最大になっていた。私のイヤホンからはいつもより小さい音でまっちゃんの声が流れていた。
「あ、あぁぁ…。」
私が使っていたイヤホンは半年ぐらい前にかったからもうダメなのだと思い、あきらめた。
その時いきなり松本くんが立ち上がった。私は聞きたいまっちゃんの声が松本くんの立ち上がった音によってかき消されたので数秒前に動画を巻き戻している。
この時私は、まっちゃんの動画で頭がいっぱいになっていて近づいてきている松本くんに気づかなかった。
「あ、あの。」
「え?」
「イヤホン、繋がってないですよ…。」
この時、私は初めて松本くんの声を聞いた。しかしこの時の私は自分の失敗が恥ずかしくてよく松本くんの声が聞けていなかった。
「え、あっ…うん、ごめんねっ…!」
「うん、じゃあ。」
急いで音量を下げている間に聞いた松本くんの声。私はその時、その声が毎日聞いている私の大好きなまっちゃんの声と同じように聞こえた。
「え、待ってください…!」
そう叫んだ時には松本くんは自分の荷物を持ち、あと一歩で教室を出るところだった。
「…なに?」
その声は、音量を下げきれていないスマホから流れるまっちゃんの声と同じ声だった。
「あの!もしかして…。」
「違います!」
「…へ?」
「僕はそんなゲーム実況者知らないですから…!」
松本くんはそう言いながら下を向いていた。その時の私は松本くんが本当に嫌がっている事に気づかずに、松本くんがゲーム実況者のまっちゃんだという事に感動していた。
「すごい…!!私、まっちゃんの大ファンなんです!」
「え…?いや、だから…。」
「確かに、松本くんがまっちゃんだって言うのは正直信じられないけど、その声が何よりの証拠ですっ!」
「声なんて、似た人ぐらい二,三人いますよ…。」
「いや!毎日まっちゃんの声をずーっと聞いてる私が間違えるはずないですよ!」
「え、えぇ…。」
「あの!松本くんってまっちゃんですよね!?」
私は松本くんが嫌がっていることも考えもせず、自分の仮説を確実にしたい気持ちで頭がいっぱいだった。
「…誰にも言わないでくださいよ…!」
私はそんな言葉も聞こえず、目の前に大好きなまっちゃんがいる事に感動していた。
「あの!ほんとに好きなんです!!」
私はずっと伝えたい言葉をまっちゃん本人に伝えた。
「あ、うん。ありがと、これからも応援…」
「そうじゃなくて!」
「…え?」
「人として!恋愛対象として!ほんっとに好きなんです!!」
私はこの時から付き合えるなら付き合いたいと思うほどに大好きなガチ恋勢だった。
「え、それって…。」
「まっちゃんのガチ恋勢ですっ!!」
「え、確かに何人かいたけど…。」
「それです!」
「…えぇ。」
私はこの時、目の前にいるまっちゃんに対して伝えたい事を全て伝えたいと思っていた。
「だから!私と付き合ってください!」
「えっほんとに…!?」
「ほんとです!!」
私は必死になってまっちゃんに交際を申し込んでいた。
「いや…んー…。」
私はすごくドキドキした。でもそのドキドキは高校の試験の時や面接の時のドキドキではなくて、すごく楽しくてワクワクしたドキドキだった。
「…ダメですか?」
「いや、ダメってわけじゃないけど…」
「っ!じゃあ…!」
「でもっ…付き合うとか実感湧かない。」
私はこの時、人生で最初で最後のボジティブ思考だった気がする。当時の私は「ダメじゃない」という言葉で「ダメじゃないなら押せば付き合える!」と思った。
「だったら私、まっちゃんに認められるように頑張りますね!」
「…え?いや、そういうこ…」
「待っててね、まっちゃん!私頑張るから!」
そして現在。あの時から約5年。私はとあるゲーム創作会社の社員になっている。
「部長ー!新作の『あの日の30分』完成しました!」
私の彼氏が求めるゲームを作るために。
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「はーい、どーもっ!まっちゃんです!今回プレイするゲームは新作の『あの日の30分』です!」