ライトノベル作家養成講座
テーマ「自分が思うかわいい女の子」
『マジカルガール・デストロイ』著:宵星明
草木も眠る丑三つ時、草木の見る夢が吹き飛ぶほどの轟音が森に響く。
「ああもう、ちょこまかと!」
赤く長い髪を乱暴に後ろでくくった少女が、なにやら黒い影を追いかけ、拳を振るいながら木々の間を駆ける。やや細身で、長い手足には、その体躯に似つかわしくないほどに巨大な手甲とブーツが装着されている。
少女が拳を振るうたびに岩が砕け、木の幹はえぐれ、大地が揺れるのは、あの拳のせいなのだろう。そんな重そうなものを着けていたら、機動力が落ちそうなものだが、彼女の動きは俊敏そのものであり、うっそうと茂る木々の隙間を、風のように抜けていく。
彼女が追っている影は全長三メートルほどで、目が四つ付いた頭が二つ、しなやかな尾が三本ある狼のような獣だ。やや暗い灰色の体表は、毛ではなく鱗に覆われ、足の先に行くにつれ、鱗の色が黒くなっている。およそこの世の生物とはかけ離れた姿を持つそれは、彼女たちが魔獣と呼ぶ、闇夜の獣である。
『ちょっと、ホムラ! 派手にやりすぎよ!』
インカムの向こうから、焦った様子の女性の声が聞こえる。
「だって、こいつすばしっこいんだもん! こういうの、フウカちゃんの方が得意でしょ?」
ホムラは不満の声を漏らす。
『フウカはマヤと一緒に別の任務。リンがフォローに向かってるから、文句言わないの』
「マジ⁉ よっし、やる気出てきた! いつ来るの?」
ホムラの表情がパッと笑顔に変わる。
『もうすぐ着くわ。地点Bに誘導よろしく』
「りょーかい!」
ホムラのブーツが光を帯びる。側面に魔法陣が浮かび上がり、一歩踏み込むたびに速度が上がっていく。魔獣も追いつかれまいと必死に走るが、ホムラの速度には及ばない。正面に回り込んだホムラは反転しつつ急停止し、右足に魔力を集中させる。
「どっせい!」
ホムラの回し蹴りが魔獣の左脇腹を捉え、吹き飛ばす。木々をなぎ倒しながら十メートルほど飛ばされた魔獣は、なおも戦意を失わず、ホムラに嚙みつこうと、じりじりと距離を詰める。なぎ倒された木々の隙間から月光が差し込み、空気がぴりぴりと張り詰めている。
魔獣が一歩前に出、小枝を踏み折る。その小さな音を合図に、互いの距離が一気に詰まる。手甲にも魔法陣が浮かび、両の拳が炎を纏う。ホムラの右ストレートは魔獣の鱗を焼いたが、その体を捉えることはなかった。魔獣が身をかがめ、懐へと入り込む。ホムラの腹を噛み裂こうと、無数の牙が迫る。ホムラは、すんでのところで身をよじり回避する。回転の勢いそのままに裏拳を打ち込むと、さすがに魔獣も堪えたと見えて、よろよろと数歩後ずさる。
「ホムラ☆バーニングアッパー!」
拳に再び魔法陣が浮かび上がり、炎の勢いが増す。加速する拳は魔獣の体を下から捉え、吹き飛んだ魔獣は、木の葉の屋根を突き破る。地面に魔法陣が現れ、ホムラは魔獣よりもやや上空へ、高速で打ち上がる。ブーツにも魔法陣が現れ、ホムラの足が炎に包まれる。
「ホムラ☆バーニングキーック!」
日曜朝のヒーローを彷彿とさせるフォームで、急降下キックを放つ。魔獣をしっかりととらえたそのキックは、重力によって勢いを増しながら、地面に激突する。地面が割れ、砂塵が舞い上がる。しかし、ホムラの足元に魔獣の姿はなかった。
「げ、逃がした⁉」
ホムラは慌てて辺りを見回すが、舞い上がった砂塵が視界を遮り、一寸先さえ見えない。
「やっば、なんも見えない!」
何とか生き残った魔獣は、後ろ足を引きずりながら、逃げようと試みる。その先に待つものを知らず。一瞬、小さな光が魔獣の目線の先で点滅する。わずかに間を置いて、木々をなぎ倒し、地面をえぐりながら迫って来た巨大な光線が魔獣の半身を消し飛ばした。残った半身もその場に倒れ、ぼろぼろと崩れ去る。
「お、リン! ナイスカバー!」
光線が飛んで来た方向にホムラがサムズアップすると、暗闇から右腕の肘から先がキャノンになった少女が姿を現した。
「手こずりすぎです。ホムラ先輩」
「いやー、あいつすばしっこくてさあ」
「本気で戦えば、一発でしょう? あの程度」
ホムラ、リンの装備が光に包まれ、キーホルダーほどの大きさに収まる。
「だって、本気で攻撃したらこの森なくなっちゃうし」
リンが呆れたような表情を浮かべ、深いため息をつく。
「まったく、魔力が強すぎるのも考え物ですね……」
「よし、じゃあ、帰りますか! 今日の夜食なんだろうね?」
「カレーらしいですよ」
ホムラの表情が、さらに明るい笑顔に変わる。
「マジ⁉ 帰ろ! すぐ帰ろー!」
リンの話を聞くや否や、ホムラは全速力で駆けだした。
「……そういう訳なので、多めに作っといてもらえます?」
『はいはい。気を付けるのよ』
通話の向こうの声も、やや呆れた様子だった。
「リンー! はーやーくー!」
数百メートル先から、ホムラが呼びかける。
「すぐ行きます!」
レーザーによってえぐれた地面を、まっすぐ進んでいく。数分歩くと、細い道に出た。二人を回収に来た車両に乗り込み、きわめて和やかに帰路へと着いた。
(了)