読書設定

文字サイズ

背景色

フォント

方向

小説・漫画原作講座
課題内容「同じ舞台、同じキャラクターで、《しっとりとした雰囲気》と《わちゃわちゃした雰囲気》の2パターン「告白シーン」を書く」
《しっとりした雰囲気》
『死なないための正しい選択』著:かやの 伽耶

(前置き)
 友達とテストの点数で競い合っていた日野智博。負けた罰ゲームとして、友達が呼び出した女子に告白することになった。友達から指定された時間に学校の屋上へと向かい、智博は誰かも分からない女子を待つ。しばらくすると屋上にきれいな黒髪の美少女・水城凛がやってくる。

 世界から音が消えた。
 そう錯覚してしまうほどに、智博は錆びついた扉を開けて屋上に足を踏みいれる目の前の少女に釘付けになってしまった。ストレートロングのつややかな黒髪にきりっとした目つき。手を握っていないとどこかに消えていってしまいそうな儚さをまとっている。
 水城凛。智博の学年で主席入学を果たした、学年内で知らない人はまずいないと言われるほどのちょっとした有名人だった。
 きっと水城が俺の告白相手ってことになるんだろう。好みとかけ離れた子が来たらどうしようかと思ったけど、どうやら杞憂だったっぽいな。
 智博はほっと胸をなでおろし凛に声をかけようと手をのばす。
「なあお前……」
「なんですか」
 呼びかけた瞬間、智博は絶対零度の声で返答された。
 あれ、コイツってこんなに冷たいの?
 呼びかけて『なんですか』と聞き返される未来は想定していたが、それはこんな冷たいものではない。凛とは言葉もろくに交わしていなかったが、嫌われるようなことをした覚えはない。
 智博のこめかみからつうと冷や汗が流れた。
 動揺する智博を差し置いて少女の唇は滑らかに動き言葉を紡ぎだす。
「っていうかあなた誰?」
「え、あ、日野智博、だけど」
「どうも日野くん。それで? なぜ初対面のあなたが私のことを引き留めるのよ」
「それは……お前に言いたいことがあるからに決まってるだろ」
 あまりにも告白するんだという今後の展開を意識せざるを得ない質問に、智博はなんだか照れくさくなって凜から目線をそらした。
 しかし凜はやれやれと言わんばかりに肩をすくめて智博にぴしゃりと言い放つ。
「それにしてはずいぶんと高圧的ね。嫌われるわよ、その言い方」
 凜の眼力がより一層鋭さを増した。
 まずい。ただでさえ攻略が難しい水城の好感度が下がるのはまずい。嘘ではあるけどこれから告白するのに俺への好感度が下がるのは非常に望ましくない。
「悪かったよ、謝るから」
「いえ別に謝らなくて結構よ。あなたがそういう人ってだけでしょ。私には関係ないもの」
 凜は淡々とよどみなくそう言った。
 その凜の返答に、ふと智博の脳裏に疑問が生じた。
 水城がここにいるってことは少なからずあいつらが罰ゲームのために告白定型文的な方法で呼び出したに違いないはずなんだ。そもそも呼び出した人に興味がなくちゃ来ないだろう。しかし水城は実際ここに来た。なのにこいつはなぜこんなにも――他人に興味がないんだ。
 智博はしばらく黙りこんで凜の真意を探ろうとした。しかしどう考えても分からなかった。
 凜が、口を開く。
「それに、あなたがなにを言おうと勝手だけど、私はもう決めたから」
 凜は噛みしめるようにそう言うと智博の横を通り抜けてフェンスへと指を絡めた。
 ――そしてフェンスをよじ登りだす。
「なに、やってるんだ、お前」
 ガシャン。
 フェンスの先に待ち構えているのは無。
 下に広がるのはコンクリートで整備された校舎前の道だけだ。智博にとって凛の行動は遠く理解の及ばないものであったが、しかし直感する。
 アイツは俺たちのお遊びに付き合うためにここにきたんじゃない。人生一度きりの一秒にも満たない空中浮遊を体験しようと自分の意思でやってきたんだ。
「待て、おい水城、早まるな」
 ガシャン。ガシャン。
 言葉と同時に足を動かして凜に近づく。
 早足で、
 駆け足で、
 ダッシュで。
 告白もしてないがこの際嫌われたってかまわない。
 水城の自殺を止められるなら!
「好きだ! 凛!」
 ガシャン!
 智博渾身の叫びにちょうどフェンスを登り切った凜がばっとこちらを向いた。智博の正面にある残酷なほど美しい夕日が凜の顔に影を落とす。
「はは、やっとこっち向いたな」
「……好きって、あなた正気?」
「もちろん」
 ――嘘に決まってる。
 けどインパクトのある言葉で呼ばないとコイツは止められそうになかっただろう。その判断が結果的に功を奏した。賭けに勝ったのだ、俺は。
 それにこのまま貫き通せば罰ゲームも完遂できる。なんという天才的策略。よしきた今は水城を口説くことに専念しよう。
「バカげてる。あなた、私を止めて正義のヒーローでも気取ってるつもり? いい加減にして。どうせ私のことなんか興味ないくせに」
 凜は嘲るように鼻を鳴らした。
「でも……そうね。なぜ方法が告白だったのか、それは死ぬ前に知りたいわね」
「え」
「聞かせて、私の理解が及ばないあなたの答えを」
 智博は凛という爆弾を起動させないように脳みそをフル回転させて先ほどの告白のため辻褄合わせにかかった。
 彼女を、死なせないために。

 

(了)