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物語創作講義
『君と見た花火』著:加藤涼太

 周りは田んぼだらけ、公園は二つだけの田舎に住む高校三年生の拓磨。
 先ほどまで夏休み明けに行われるテストに向けて勉強していた。
 夏休みが残り二週間になり焦っていたのだが、学校生活最後ということもあり無意識にやり残したことはないかと考えてしまう。
 それを考えていると、拓磨が最初に思い浮かべるのは幼なじみの楓のことだった。
 卒業するまでには告白したいと思っているのだが、今までの関係を終わらせたくないという気持ちもありこの三年間言えずにいた。
 拓磨が一番恐れているのはこれから先、楓の傍にいられなくなることだ。
 楓の悲しい顔を見たくない、自分が幼なじみとして守ってあげないといけないと思っている。
 振られてしまえば傍にいられなくなってしまう。それだけはあってはならないことだ。
 だから今まで自分の気持ちを抑えてでも幼なじみとして楓の傍にいることができた。
 しかし来年には就職して、なかなか会えなくなる。
 そう思えば告白できると思ったが結局言えなかった。
 拓磨は勉強に手がつかなくなり気分転換に自転車を漕ぐことにした。
 拓磨にとって何度も見た景色、何十回も通った道は思い出になっていた。
 独り言を言いながら漕いでいる。
「こうやってのんびり漕ぐことも少なくなったな」
 卒業すれば思い出に浸らなくなると思った拓磨は、一番思い出がある場所に向かうことにした。
 着くまでの道のりも懐かしい思いで漕いでいた。
 十五分くらい漕ぐと目的の場所に着いた。
 そこは小さい頃よく遊んだ公園だ。
 友達と暗くなるまで遊んだり楓と二人でブランコに乗ったり、楓がいじめられてることもあった。
 良い思い出ばかりではないが拓磨にとっては大切な場所だ。
 今は子供たちが楽しそうに遊んでいる。
 懐かしそうに子供たちを見ていると、後ろにあるベンチを見てしまった。
 そこに誰がいるのか気になり見てみると楓と不良をやっている先輩の悠太が話していた。
 拓磨は驚いて、数分間固まってしまった。
 楓は昔から悠太のことが嫌いなはずだった。
 拓磨の記憶だと、悠太が話しかけてきただけでその場から遠ざかっていたし、いじめられたこともあった。
 なのに今は、少し嫌な顔をするだけで普通に話している。
 拓磨は楓と悠太が付き合うことを最も恐れていた。
 悠太では楓を幸せにすることなんて出来るはずがないと思っているのだ。
 しかし楓が悠太に取られてしまうのではないかと焦っている自分もいる。
 何としてもこの夏休みに告白しなければもう二度とチャンスは来ないと予感していた。
 告白をする雰囲気になればできるのにと考えていると、夏祭りがあることを思い出す。急いでスマホを取り出し、独り言を言いながらカレンダーを見る。
「夏祭りって来週だよな?」
 夏祭りが来週であることを確認すると、笑みを浮かべる。
 その日に告白しようと決意する。
 すぐに楓に『夏祭り一緒に行こう?』と連絡する。
 その場にいると二人を見てしまいそうだったのでスマホをしまって家に帰ろうと自転車を漕ぎ出す。頭を冷やすために全力で漕ぐ。しかし、公園から家まではそんなに遠くないのですぐに着いてしまった。
 自転車を止めるとすぐスマホをみる。
 すると楓から『いいよ。楽しみだね』ときていた。
 拓磨は嬉しくなり笑顔で玄関を開けた。
 夏祭りに行けると決まってから緊張とドキドキで落ち着きがなくなっていた。どのタイミングで告白するかだけを毎日考えていた。静かで誰にも邪魔されない場所で告白したいと思っていた。しかし、そんな都合のいい場所があるのかと昔を思い返している。ここ数年、拓磨は夏祭りに行っていないため記憶を頼りにするしかなかった。思い出そうとしてから三十分くらいが経ち、拓磨は諦めることにした。それなら実際に見に行けばいいのだが、準備をすることなく考え込んでしまった。
「行くべきか。いや、もし楓に会ったらどうする? 行かない方が俺のためになるよな」
 五分くらい独り言を言って結果、行かないと決めた。夏祭りまでに楓に会ってしまうとドキドキが増して、何を言い出すか分からない。
 それが怖くて夏祭りに行くと決まった時から一度も外に出ていない。場所は当日に何とかなると自分に言い聞かせる。
 夏祭り前日、なるべく悪いことを考えないようにするために告白することだけを考えた。
 そして当日。緊張のあまり寝不足の拓磨はコーヒーを飲み眠気を覚ます。身支度を終えて家を出る前に『楓の家の前で待ってる』と連絡して玄関を開けた。夏祭りが始まるまでに二時間もあった。拓磨の家から楓の家までが歩いて十分くらいなので、のんびり気持ちを落ち着かせながら歩く。楓の家に近づくほど拓磨のドキドキは増していた。
 家に着くと、何回も深呼吸をして平常心を保つ。すると玄関が開き楓が出てきた。拓磨は、いつもと違う楓を見て固まってしまった。いつもなら下している髪をポニーテールに結んで、水色の浴衣を着ている。いつも以上に可愛いくて綺麗だった。拓磨の目の前まで来ると、楓は顔の前で両手を合わせて謝ってきた。
「ごめん。待った?」
 何気ないその仕草に見とれた拓磨は返事するのに一拍遅れてしまった。
「い、いや。さっき着いたばっかりだよ」
 楓を見続けられない拓磨は目を逸らした。小さく深呼吸をしようとした瞬間、楓に腕をつかまれる。拓磨は驚いて目を見開いた。
「少し早いけど行こっか?」
 顔を赤らめた楓がそう言う。拓磨が返事をすると、楓は先にスタスタと歩き出してしまった。数秒間、楓の後ろ姿を見ていた拓磨は我に返って後を追う。楓の隣まで行くと、ペースを合わせるためにスピードを落とした。拓磨は楓の顔が見れないほどドキドキしている。平然を装うだけで精一杯になってしまい、何かを話す余裕などなかった。チラッと楓を見ると、何か話していた。
「ねえ、聞いてる?」
 そこで拓磨は自分に話しかけていることに気づいた。
「え?ごめん聞いてなかった」
「もう。もう一回言うからちゃんと聞いてよね」
 楓に軽く叩かれて、少し鼓動が早くなる拓磨は目を合わせないようにした。
「う、うん」
「拓磨って夏祭り行くの久しぶりだよね?」
「そうだね。多分中二以来かな」
「もうそんな経つんだ。いつも一緒に行ってたから、急に来なくなっちゃって心配してたんだよ?」
 そう言いながら楓は悲しそうな目をしている。拓磨は慌てて言い訳を考える。
「あ、あの時は受験勉強とかで忙しかったから」
「そうだよね。私、変なこと考えてたみたい」
 二人は苦笑いした。気まずくなってしまった二人は黙ってしまう。
 そのまま歩き続けて夏祭りの会場に着いてしまった。
 始まるまではまだ時間があるので、拓磨たちは会場の周りを歩くことにした。
「全然変わってないんだね」
 拓磨が懐かしみながら言うと、楓が頷く。そしてまた悲しそうな目で拓磨は見つめられる。
「来年もまた一緒に来れるよね?」
 拓磨は首を縦に振り、心にもないことを言う。
「大丈夫。絶対来れるよ」
 拓磨は就職したら祭りには行かないと決めていた。しかし、あんな目で見られたら噓でも言うしかなかった。しかし、それが正しかったのか楓から悲しそうな目は消えていた。楓が何かを言おうとした時、祭りの開始を知らせる花火が上がった。
「もう少しで始まっちゃうじゃん。早く行こう」
 二人は早歩きで戻る。さっきまでとは違って、屋台も人も増えていた。久しぶりの拓磨は人の多さに驚いてしまった。
「あれ? こんなに人多かったっけ?」
「うん。今日はちょっと多いけどね」
 拓磨は花火が上がる前に、楓が何かを言いかけたこと思い出した。
「それよりさっき何か言おうとしてなかった?」
「ねえ射的あるよ。やろう」
 楓に聞こえなかったのか先に行ってしまった。拓磨は首を傾げつつ、楓の後を追う。二人とも景品に当たりはしたが獲ることは出来なかった。諦めて先に進むことにした。
 拓磨は少しでも良いところを見せたくて、戻ろうとする。
「どれが欲しかったの? 獲ってくるよ」
 しかし楓に腕を掴まれて動きが止まる。
「欲しいものはあったけど、楽しかったからいいよ。だから次行こ?」
 また悲しそうな顔をするのではないかと思ってしまい、手を振りほどいて戻ることは出来なかった。 少し歩くと楓が、
「たこ焼き買いに行くけどいる?」
 と聞いてきた。
「俺はいいや。それよりさっき、わたあめあったから買ってくる」
 拓磨はそう言うと背を向けて歩こうとする。
「じゃあ買ったらこっち来てね」
 と楓が言うと、拓磨は少し笑顔になり、振り返ることなく買いに向かった。さっきは列なんてできていなかったのに、今は子供たちが数人並んでいた。すぐに買えると思っていた拓磨はがっかりしながら最後尾に並んだ。わたあめを美味しそうに食べている子供たちを見ていると自分の番になった。手に持っていたお金を渡して受け取る。一口だけ食べて楓のもとに向かった。
 なるべく早く戻った拓磨だったが楓の姿はなかった。並んでいるのかなと思い、わたあめを食べながら待っていた。すると、楓が笑顔でこっちに向かってきた。
「ごめんね。結構混んでてさ、遅くなっちゃった」
 と謝りながらたこ焼きを頬張っている。美味しそうに食べながら笑顔になっている楓の横顔を見ていると、拓磨まで笑顔になっていた。
 やっぱり楓の隣にいたいと強く思ったが、口に出すことはなかった。すると突然、楓が拓磨を見たので目が合ってしまった。拓磨は目を逸らした。それに気付かない楓は自分のペースで話し出した。
「このたこ焼きめっちゃ美味しいよ。食べる?」
 楓の言葉を聞いて拒否しようとしたら、すでに目の前にたこ焼きがあった。それを見て拓磨は固まってしまった。固まっている拓磨を見た楓が、
「どうしたの? 食べさせてあげるから口開けてよ」
 その一言で拓磨は我に返った。
「い、いいよ。自分で食べるから」
 そう言って楓からたこ焼きを取ろうとするが避けられてしまった。
「もう。あーんしてあげるんだから早くしてよね。それにあったかいうちに食べないと美味しくないじゃん?」
 少し赤面しながら言う楓を可愛いと思ってしまった拓磨は、言う通りに口を開けた。たこ焼きを食べるが楓の可愛さと、あーんをしてもらった嬉しさが上回ってしまい味が分からなかった。
「どう? 美味しいでしょ?」
 楓も食べながら聞いてくるが味わう余裕がないため、また噓をついてしまう。
「めちゃくちゃ美味しいね」
 その言葉を聞いて嬉しくなった楓は、残りを次々と口に入れていき食べ終えた。
 拓磨は周りを見て、
「次なに食べる?」
 と聞いて、楓を見るとその後ろを先輩の悠太が歩いているのが見えた。今の空気感を壊されたくない拓磨は出来るだけ距離を取るために移動しようとする。
「焼きそばあるけど食べる?」
 そう言うと楓は大きく頷いた。焼きそばが売っている近くには人がたくさんいる。
 拓磨はこの人混みに紛れてやり過ごそうと考えていた。
 拓磨が歩こうとした時、誰かに呼び止められた。
「お、楓と拓磨じゃん。何してんの?」
 声を聞いただけで悠太だと分かった拓磨は振り返らずに黙っている。しかし内心ではめちゃくちゃ焦っていた。
 こんなに早く追いつかれるとは思っていなかった、どうすればこの場から逃れられるかを考えた。何も思いつかず横を見ると、楓はうつむいて怯えているように見えた。拓磨は少しでも早くこの場を離れるために、振り返って悠太と話すことにした。そして何よりも悠太を待たせると何をされるか分からない。楓のいるところでそれだけでは避けなければならなかった。
「先輩、今楽しんでるところなんで邪魔しないでもらえますか?」
 拓磨はそう言ってあることに気づいた。
 悠太は酒で酔っていたのだ。
 悠太の酒癖が悪いことはここに住んでいる人なら知っていることだった。ダル絡みしたり、ひどいときは暴力を振るう事もあった。だからなおさら早く離れないといけないと思った。
「話すことなんてないですよね。もう行っていいですか?」
 楓の腕を掴もうとした時、悠太が楓に近付いた。
「なあ楓、こいつといても楽しくねえだろ? オレといた方が楽しいと思うぜ?」
 そう言って楓の腕を掴んで連れて行こうとする。楓は何も言わないが抵抗していた。それを見ている拓磨は怒りが込み上がってくるのを抑えている。
「楓、嫌がっているじゃないすか。手、離してくださいよ」
 拓磨は語気が強まっていることに気づいていなかった。しかし悠太は気づいていた。ようでイラついていた。
「うるせぇな。お前がオレに逆らっていいと思ってんの? 楓早く行くぞ」
 悠太は楓を引っ張る力を強める。
 そこで拓磨は抑えていた怒りが爆発してしまう。悠太に近づいていき、楓を掴んでいる腕を強く掴む。
「この腕、離せよ」
 そう言い、悠太の腕を楓から無理やり離す。そこで拓磨は自分がとんでもないことをやったことに気づく。
 悠太は今にもブチギレそうな顔をしている。
 それに気づいた拓磨は急に怖くなってしまい、楓の手を握って全力で逃げる。
 人が少ない所まで走った二人は疲れて歩いた。拓磨は歩きながら楓に謝った。
「ごめんね。俺がちゃんとしてたら、こんな時にまで嫌な思いさせることなかったのにね」
 拓磨が自分の無力さを感じていると、楓が突然拓磨の頭を軽く叩いた。
「何言ってんのよ。拓磨、かっこよかったよ。私のためにありがとう」
 拓磨は突然お礼を言われて照れてしまう。楓はそこに追い打ちをかけるように言う。
「そろそろ手離してくれない?」
 拓磨は顔を真っ赤にして照れる。
 話すことがなくなってしまい沈黙が続いた。何か話さなければと思った拓磨は辺りを見回す。すると二人少し先に自販機を見つける。
「走ったから喉乾かない? 何か買ってくるよ」
 と聞く。
 楓は笑顔で、
「拓磨と同じのでいいよ」
 と言われて拓磨はダッシュで自販機に向かう。缶コーラを二本買い、両手に一本ずつ持って楓の元に戻る。
「コーラにしたの? まだ好きなんだね」
 楓がわざとらしく呆れながら言うと、拓磨は不貞腐れる。
「絶対、楓にはあげないからな」
 と言うと楓に背を向ける。拓磨がコーラを開けようとした時、楓の手が後ろから拓磨の持っているコーラを掴む。
「冗談だって、ごめんね。ちょっとからかってみたかったの。だから一本ちょーだい」
 と言う楓は、拓磨の返事を聞かずに笑顔でコーラを取る。
 楓が離れると拓磨は我に返る。そして慌てて楓との距離を取る。
「い、いきなり近寄ってくんなよ。びっくりするだろ」
 照れ隠しにそう言ってコーラを飲み干してゴミ箱に捨てる。
 拓磨は、花火が見やすい場所を探すために一人で歩き出す。
「ちょっと待ってよ! もうちょっとで飲み終わるから」
 楓の声が聞こえた。その後に缶をゴミ箱に捨てて、走ってくる音が聞こえる。拓磨はわざと歩くスピードを速める。十数秒後、楓が拓磨の隣に並ぶ。
「ねえ、なんで速めるの? もしかして、さっきのドキドキしちゃった?」
 からかうように見てくる楓。拓磨はそれを横目で見る。そして図星をつかれたことで立ち止まってしまう。
「そんなんじゃないって」
 目を逸らしながら見栄を張る拓磨。
「意外と可愛いところあるんだね」
 楓も止まって、もう一度からかってくる。そして言うと同時に拓磨の頭をなでる。数秒間は大人しくしていたが、だんだんと恥ずかしくなってしまい楓の手を振り払う。その瞬間、頭上で大きな花火の音が鳴る。驚いた二人は上を向くとキレイな花火が見えた。
「キレイだね」
 と呟く楓。相槌を打つ拓磨は無意識に楓の横顔を見ていた。
「ホントに綺麗だね」
 あまりの美しさに心の声がもれてしまう。
「今は花火上がってないよ?」
 驚いた楓は拓磨を見る。ずっと楓を見ていた拓磨は、目が合って反射的に目を逸らして地面を見る。
 もう一度花火が上がる。
 それを聞いた瞬間、拓磨の頭の中に告白という二文字が思い浮かぶ。
 告白するなら今しかないと思った拓磨は顔を上げて、楓を真っ直ぐ見つめる。
 いきなり見つめられて楓は驚いているようだった。
「ずっと楓のことが好きだった。そして今日、一緒にいてもっと好きになった」
 拓磨は楓に一歩近づいて、
「俺と付き合ってください」
 沈黙が数秒間続く。
 拓磨はその沈黙に耐えられず、楓から目を逸らしそうになる。
 その時、楓が向かってきて抱きついてきた。拓磨は驚いて目を見開く。
「ありがとう。めっちゃ嬉しい。これからもよろしくね」
 泣きそうな声で言う楓。拓磨は心の底から嬉しさが溢れて思いっきり抱きしめる。
「拓磨、苦しいよ」
 そう言われると拓磨は力を緩めて、楓の顔を見るために離れようとする。しかし、楓に離してもらえず顔を見ることができない。
「もう少しこのままでいさせて」
 楓が言い終わると同時に拓磨は優しく抱きしめる。
 その時、拓磨たちの頭上で大きな花火が上がる。

 二年後、高校を卒業した拓磨と楓は同棲していた。
「俺、先出るね」
 スーツを着た拓磨が楓に向かってそう言う。
「じゃあ私も一緒に出るわ」
 ハグをして二人で家を出る。
 拓磨と楓の職場は反対だ。
 拓磨は楓に手を振って職場に向かうのだった。

(了)