「前、いいですか?」
自由席にも関わらず、律儀にそんな事を聞いてくる。
読んでいた本から顔を上げ声の主を見ると、都会ではあまり見かけない清楚な女性が立っていた。
「あ、どうぞ」
そう俺が言うと、
「ありがとうございます」
女性は微笑みながら礼を言い前の席に着いた。
聞いてきたのは、向かい席が珍しいからだろう。
「どこまで行かれるんですか?」
本を読み直そうと思ったが、女性が先に声をかけてきたためそれはできなかった。
それに気付いたのか、女性は少し困った顔になる。
「あ、お邪魔でした、ね」
「あー、大丈夫ですよ」
なんとなく、このまま本に移る気分ではなくなり、先ほどの質問に答えた。
「万博公園に行こうと思ってまして」
「わ、私も……万博公園にと」
「へぇ、偶然ですね」
「……」
急に黙った女性は周りを見渡しはじめ、また俺の方を向いた。
「あの、私の服装っておかしいですか?」
「え、っと」
改めて女性を見ると、白いワンピースに青い花の刺繍が入っている服で、長い黒髪とよく似合っていた。
「別におかしくないと思いますよ」
むしろ綺麗です。
なんて俺には言えずにいた。
「でも、周りの人はあまりこのような格好、してないので」
確かに、電車の中にいる人達の服装はいかにも夏と言わせるような格好で、目の前の女性は少し浮いているのかもしれない。
「そんな気にする事でもないんじゃないですか?」
浮くと言えば、この人は周りの人に比べて綺麗で可愛らしく、そういった意味では服装だけではなく容姿でも目立っていると思う。
「そう、だといいですけど」
それにしても、よく初対面の人間にそんなこと聞けるよな。
「あの、よかったらなんですけど、万博公園まで一緒に行きませんか? 路線なんかも分からなくて」
たぶん、俺を関西人だと思っているのだろう。
「え、ええで」
「ありがとうございます!」
ま、こんな美人な人と行けるなら役得なのかもな。下心はない。
それから次の駅に着くまでその女性は自分の事について話してきた。
「マンションを借りて二日目です」
なんでも仕事で実績を買われ、大きな会社があるここ、京都に越して来たらしい。
明後日から仕事のため、今日のうちに観光したいということだった。
へぇ、と最初は関心も持っていたが、途中からは、よく初対面の相手にペラペラと話せるもんだな、なんて思っていた。
俺だったら自分の事なんて話さない。
話すメリットがないからだ。
だが、この女性はそんなことも気にせず独身だとか、どこに住んでたとか、話してくる。
「そういえば、あなたはどこから? 今気づいたんですけど、関西の方じゃ、ないですよね?」
今気づいたのかよ。
声には出さないけど、心で呟いてから、
「俺も……」
「わぁっ!」
「……」
話を遮られ、女性は窓の外を見て声を上げた。
俺もつられてみると、緑の田んぼが広がっていた。
「……都会では見れませんからね」
「ですね」
都会と言えば、また話は変わり、そんな話をしながらモノレール駅へと着いた。
「高いですね?」
当たり前だろ。
少し、この女性のアホさに心の中で毒を吐きながらにいた。
声に出して言ったら、予想だけだが、 女性は叱られた子犬のように落ち込むのかもと思ってしまった。
見てみたいが、気まずくなるのはごめんだ。
子供のようにはしゃぐ女性を見ていると、いつの間にか駅に着いていた。
万博公園に着いてから、女性は俺の手を引っ張り、
「あ、何か書いてますよ!」
看板を指差す女性に俺はそのまま着いて行き、その文字を読んだ。
「えっと、水曜日にて、閉園日??」
「えぇぇぇぇ??」
読み上げたと同時に女性は声を上げる。
とんでもないオチに女性には悪いが、これはネタになるな。
「えっと、どうします?」
明らかに落ち込んだ様子の女性に声をかけると、あはは、と苦笑し、
「お茶でもしませんか?」
「ですね」
特に連絡先や、もう一度会おうとは思わないが、旅先での一期一会はいいものだ。
なんて思った今日一日だった。