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 型落ちした扇風機が店内に生ぬるい風を送っている。店の中はその扇風機が風を送る音、そして壊れたテープレコーダーのように同じことを繰り返し喋る店員のおばあさんの声だけが響く。
「安倍晴明公の力が宿られている五芒星の書かれた物を持っていると、あなたの災厄を晴明公が守ってくれます……」
 一樹はこの言葉をここに来て、三十分とたたない間に何度目か聞いていた。
 日本人ならほとんどの人が知っているであろう、陰陽師『安倍晴明』今では海外の人もその名前を知っている人は少なくはない。現に一樹が今いる晴明寺にも海外からの観光客が何人か見受けられる。
 正確にはまだ一樹は晴明寺をちゃんと見てはいない。寺の入り口に五芒星を掲げている鳥居。そして本殿との間にある売店に彼はいた。
「しかし煎餅にまで五芒星書いてるのかよ、あんまりありがたみを感じない気がするんだけど……」
 一樹は店員のおばあさんに聞こえないようにぼやく。他にもティーシャツや扇子はもとよりクリアファイル、ライターなどにも五芒星が書かれている。
 それでも海外の人たちの反応は悪くないらしく、隣で扇子を見ている外国のカップルは楽しそうに笑っている。
 しばらく店内を物色し記念にと一樹は白地に五芒星の書かれたステッカーを一枚購入し本殿の方に足を運んだ。
「へー」
 本殿はそこまで大きくはないが、やはり晴明の認知度からなのか参拝客は多かった。本殿から見て左手に桃の形をした像があり名が『厄除桃』と言う。この桃に触り悪い気をこすりつける事が出来るらしい。その桃の少し手前に樹齢推定三百歳の御神木が力強く聳え立っている。
 一樹はその二つをまじまじと眺めながら歩き、その反対側、本殿からみて右手にある像に目を向けた。そこには遠くを見据え座る『安倍晴明公像』が置かれていた。
 一樹はその像をしばらくの間じっと見ていた。特に何かあるわけではないが何故だか目が離せなかったのだ。
 しばらくして一樹は時間がないことに気付き急いで参拝をし、神社を出ることにした。彼は高校の校外学習で京都に来ているのだが、抜け出していたのだ。全体の集合時間までに戻れば良いと思い適当に散策していたところ、ここを見つけたのだ。
 小走りで鳥居の方に向かっていくと突如人影が出て来てぶつかってしまった。
「すいません……あれ」
 しかし目の前には誰も居なく周りの参拝客に笑われてしまった。
 恥ずかしさから急いで鳥居を目指す。鳥居を抜ける瞬間突如風が舞い上がり一樹の視界を奪う。
〈気を付けろ〉
 そう誰かに言われたような気がして一樹はあたりを見渡す。しかし周りには誰も居なく首を傾げた。
 その夜クラスメイトが全員寝静まった頃一樹はふと目を覚ました。誰かに体を触られているそんな感覚がしたのだ。横になったまま部屋を見渡しても人影はなく、クラスメイトは皆眠っている。だが確実に触られている。一樹は恐る恐る布団をめくる。すると黒い手のようなものが一樹の体を足の方から徐々に上半身に向けて上がってきていた。
「……っ!」
 一樹は声を出そうと思ったが何かに遮られているかのように声が思うように出ない。どうにか体を動かし逃げようとするがその黒い手のようなものは一樹を放さない。むしろ引きずりこもうとしている。
「……ぁ……あ」
 声がして布団の方を見る。暗い布団の中になまめかしく輝る目のようなものが見えた。その目を見た瞬間の一樹の気持ちは言葉には表せない恐怖だと言えるだろう。
 一樹は必死に這いつくばり近くに置いてあった自分のバックに手を伸ばした。何か使えるものはないか必死に中身を探る。
「あっこれ……っ!」
 突如引っ張られる力が強くなり一気に布団の中に引き込まれる一樹。バックからも手を放してしまいその黒い手のようなもが一樹の肩を掴む。布団は全く膨らんでいないのだが奥から髪の長い浅黒い肌の女が姿を現す。髪は荒れ顔にかかりそこから見える目は血走り一樹を睨む。
 一樹は恐怖で息が出来なく唇が震える。女の顔が一樹の胸元まで迫る。
〈手に持っているものを使え〉
 突如声が聞こえた。考える間もなく一樹は手に握っていた何かを女の顔に当てる。それは昼に買った五芒星の書かれたステッカーだった。
「ぁぁ……ぁ……ぁ」
 女は声にならない声をあげ、体から黒い蒸気を上げ消えていった。
 ステッカーはそれと同時に破け一樹の上に舞い散る。
 一樹はその光景を見届けると大きく息を吐き、そのまま眠ってしまった。

 朝目が覚め部屋を見渡す。昨夜の事は夢だったのではないかと思ったが体の上に散らばっているステッカーの切れ端が現実に起きたことだと物語る。ふと一樹はおばあさんの言葉を思い出した。
「晴明が守ってくれたのか……まさかな」
「おーい、一樹早く布団片付けろよ」
 クラスメイトが窓をあけながら言う。一樹も「今やる」と言い立ち上がる。
 すると強い風が部屋に流れこみ一樹達の視界を奪う。
 目を開けると先ほどまで手に握っていたステッカーの切れ端が、元通りの白地に五芒星の書かれたステッカーに戻っていた。