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「はぁー」
 竹内さんは手を頭の上で組み大きく伸びをした。
「あの、手伝ってもらってありがとうございました」
「気にしないでいいよ、それに、これからが大変なの分かってる?」
「あっ……」
 それを聞いて思わず声を漏らす。
 掃除のことを考えていたせいで、これから運び出すことを忘れていた。
「誰か協力してくれそうな人いない?」
 そう聞かれ、協力してくれそうな人を思い浮かべる。
 浮かんできたのは手で数えられるほどで、瞳と父母だけだった。
 父は仕事だし、瞳では戦力にならないだろう。母は……呼びたくない。
「私と先輩じゃ無理ですか?」
「お前とだから無理なんだよ、非力じゃん」
「何も否定できません」
 クラスの奴らを思い出し、今日知り合った村上に、と思ってはみたが、さすがに図々しいよな。  
「朽木は誰か協力してくれそうな人いるか?」
「私、まだ友達できてなくて」
 入学してまだ一月だ、無理もない。
「ちょっと下まで行って手伝ってくれる人探してくるよ」 
 そう言い部屋から竹内さんは出て行った。
 これで誰も手伝えないと言われたら運ぶ方法がなくなる。
 部屋で待っていると、竹内さんが戻ってきたが、その表情は雲っていた。
「ごめん、ダメだって」
「そう……ですよね」
 先ほど事務室を見たとき、若い人は少なく、とてもピアノを運べるような人はいなかった。
 もう背に腹はかえられない。
「電話って借りれますか?」
「うん、一階で貸せるよ」
 竹内さんと一階に行き、わきのドアから事務室に入った。
 中に入ると事務の人たちが物珍しそうに俺を見てくる。
 あまり目を合わせないようにしていると、竹内さんは電話がある机の前で足を止めた。 
「はい、使っていいよ」
「ありがとうございます」
 俺は家の電話番号を押していき、受話器を耳に当てた。
 3回目のコールの途中で、
「はいはいはい!」
 と母の陽気な声が聞こえた。 その声は大きく、思わず受話器を耳から離してしまう。
「どちらさま?」
 続けて声が聞こえてきたのですぐに受話器を耳に当て直した。
「俺だよ、巽」
 簡潔にあなたの息子であることを言うと、
「えー! 巽だー!」
 その母の声は本当に大きな声で、周りにいる事務員の人達も何事かと見てくる。
 俺はその人たちに背を向けながら母に、声が大きいと注意すると、
「だって巽と電話するの夢だったから! あ、……だったからさ」
 母は自分の声の大きさに気づき最後だけ小さな声で言った。
「え、そうだったの?」
 そういえば、父とは何度かあったが、母と電話するのは初めてだ。
 携帯電話を持たない俺は人と電話する機会も少ないし、父に電話をかけるときは携帯電話へかけるため母と話す機会がなかった。
 しかし、それが夢なのはどうなのだろう。
「嬉しいな?」
 喜んでいる母だが、俺はすぐに本題に入った。
「あのさ、今って、暇?」
「暇だよ、だから長電話しようね」
「しないって、でも暇なら児童公民館に来れないかな?」
「いいけど、どうして?」
「ピアノ運ぶの手伝って欲しいんだ」
「……いいよ!」
 少しの間の後に引き受けてくれる返事をくれた。
 よかった、と思う反面、母はあまり呼びたくなかったため、少し気が重くなる。高校生にもなると、人前で母と会うのがなんだが気恥ずかしくて仕方ない。
「何時頃に行けばいいかな?」
 あまり早く来てもらっても困るし、すぐ来てすぐ手伝ってもらえる、ここの閉館時間を考えると六時くらいでいいだろう。
「六時に来れる?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、お願いね、もう切るよ?」
「また電話しようね! テレフォンカード貸すから!」
「分かったよ」 
 返事をして受話器を置いた。
「電話、ありがとうございました」
 俺が礼を言うと、竹内さんにとんでも無いことを言われた。
「今の、彼女?」
「は?」
 俺は思わずそう声を漏らし少しの間固まってしまった。当たり前だ、自分の母を彼女と間違えられたら誰だってこうなってしまう。
「違うの? 電話の内容、そんな感じだったよ?」
 ただの会話から何故そう思ったのか、さっぱり分からない。 
「今の相手は俺の母親ですよ」
「えええ?? だって聞こえてきた声、まるで女子高生だったよ??」
 驚いている竹内さんは続けて、
「会話の内容も、電話するのが夢だったとか、長電話しようねー、とかそんな内容だったでしょ?」
「そうですけど、あの、来て実物見れば分かりますよ」
 そう言い話を終え、俺と竹内さんが物置部屋に戻ると相当暇だったのか、朽木は積み木で遊んでいた。
「あ、どうでした?」 
 積み木をさらに重ねようとしていたところで俺たちが入ってきたのに気づき聞いてきた。
「一人来てくれるから、まあ大丈夫だろ」
 母が来るまでの一時間弱は特にすることもなく、竹内さんが持ってきたトランプをして過ごしていた。
 時計の針が六時を指したところで、二人に迎えにいくと伝え、一階に降りた。