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 時刻は二十時、帰宅ラッシュで騒がしい駅の構内。私は友人の中村春を新幹線乗り場前の柱付近で待っていた。
 スマートフォンで適当なサイトを見つつ時間を潰していると、おまたせという声とともに前方に影が現れた。
 顔を上げると、目の前に少し呼吸を乱した春がいた。思いのほかスマホに集中していたようで、春が近づくまで気がつかなかった。
「あ、春。ごめん気がつかなくて」
「大丈夫、気にしないで。わたしこそ待たせてごめん」
 申し訳なさそうに手を合わせる春に私も気にしないでと返事をした。
 左手首にした腕時計を見て時間を確認する。
「丁度いい時間だから入ろうか」
 改札の方に目を向けながら春に提案する。
「あ、ほんと、うん。行こう」
 春も時間を確認してそう言った。春の手首にはピンクゴールドの可愛らしい時計が付けられている。
 財布から新幹線のチケットを取り出しつつ、改札へ向かう。
「大学、お疲れ様」
「あ、ありがとう。ゆかの方も今日学校あったんでしょ? お疲れ様」
「うん。ありがとう」
 春は大学、私は専門学校に通っている。今日は金曜日でお互い授業があり、学校が終わってから集合している。
 チケットを改札に通し、自分たちの乗る新幹線が来るホームに向かう。
「ゆかは今日、授業何時までだったの?」
「今日はね、十七時までかな。 春は?」
「私は十八時までかな」
「そっか、終わるの遅かったんだね」
「んっふ、そんな変わんなくない? 一時間じゃん」
「いや、私の方は朝遅かったし」
 それでも変わんないよと、春はまた笑った。
 ホームにはざぁっと音を立てながら新幹線が入ってきた。

 春は新幹線に乗るとよほど疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
 私たちがなぜ長期休みでもない時に遠出しているのかというと、大阪にあるユニバーサルスタジオジャパンで遊ぶためだ。というのも九月の何日からかは忘れたが、十月の三十一日までハロウィンイベントをやっていて、それに行ったことのない私たちは前々から行ってみようと予定を立てていたのだ。
 どうやらそのイベントでは、キャストさんがゾンビになるらしく──とにかく楽しみだった。
 そんな事を考えているとふと、隣に眠っている春との過去について思い出していた。 どうしてこんなに仲良くなったのかについて改めて──。
 私は春を小学生の頃には知っていた。でもその時には仲がいいどころか、接点すらなかった。というのも私から見た春は、スクールカースト頂点グループにいる憧れても届かないようなかわいらしい女の子だったからだ。
 その関係が変わったのは中学生の時だった。中学三年、クラスには今まで仲良くしていた友達は一人もいなくて、この一年をどう過ごすか、私はここで生きていけるのかということをずっと考えていた。
 そんな時、気まぐれなのかわからないけど、声をかけてもらったのだ。
 多分、それがなかったら私たちはただのクラスが同じだけの他人だったと思う。だから、いま思えばその時声をかけてくれて本当に良かったと思う。
 
「……か、ゆか! 起きて! 大阪着いた!」
「……、んぇ!?」
 いつの間にか眠っていた私は、春に揺さぶられて目を覚ました。飛び起きた私と春は新幹線を降りる。
「ごめん、爆睡してた……」
「大丈夫だよ。わたしもさっきまで寝てたし」
 と言いながらスマホで何かを調べていた。
「あ、ここだ! 」
  そう言いながら私にズイっとスマホの画面を見せる。それはホテルへの道を調べたものだった。
「調べてくれたの? ありがとう」
 スマホをじっと見ながらお礼を言う。どういたしましてと隣から返事が来た。
 そのまま二人であれこれ言いつつ、ホテルへ向かった。

 ホテルに着き、部屋に入る。中には真っ白なベッドが二つ、シャワールーム、トイレ、内装は黒っぽい色でまとめてあるシンプルなものだった。
 それぞれシャワーをさっと済ませ、ベッドに潜り込んだ。
「明日さ、寝坊したらごめん」
 薄暗い部屋で春の声だけが聞こえる。
「私も、寝坊する気しかない」
 そう言うと私たちは吹き出して笑った。だめじゃん、なんて言いながら。
「でもさ、ギチギチのスケジュールよりいいよね、わたしはそういう方が好きだな。その日の気分で楽しみたい」
「わかる。なにも考えてない方が楽しいこともあるよね」
 なんて、その後も他愛のない話をしていると自然に眠っていた。

 私たちが起きたのは九時を過ぎた頃で、それから準備をしてユニバーサルスタジオジャパンに着いたのは十一時前だった。
 入園チケットを買い、中に入ると既に多くの人で賑わっていた。
「おおお、結構人いるね。」
 きょろきょろと辺りを見ながら春が言う。
「そうだね、土曜日だししょうがないかな?」
「そっか、今日土曜か。忘れてたわ……」
 ハッとした顔で私を見た。
「そうだよ。あ、どこから行く?」
 入り口でもらってきたパンフレットの全体図が写っている場所を開いて見せた。
「んー、そうだなぁ……」
 春が横からパンフレットをのぞき込む。そして一つのアトラクションに指を指した。
「ここはどう?」
 示していたのは、わりと最近に出来た絶叫系アトラクションだった。私も春も絶叫系アトラクションが好きで、私も乗ってみたいと思っていたものだったから喜んで了承した。
「行きたいと思ってたの! 行こ行こ!」
 アトラクションに向かいながら周りを見ていると、コスプレをしている人が多くいた。
「コスプレしてる人、結構いるみたいだね。傷メイクの人とか……」
「あ、ほんとだ……」
 いま気づいた、というような反応をしている。