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 二〇一八年八月中旬。私は、仕事の休みが取れて、週末の土日にやっと京都まで一人旅に行けることになった。中学の頃、修学旅行で初めて京都に出向いてとても素敵な思い出ができたことが凄く嬉しくて、それ以来ずっと京都の旅行雑誌を見ている。
 今日で、一人旅に出かける日までついに一週間切った。仕事が休みだから、朝からずっと旅行雑誌を見ている。
「あんた、またそんなの見とるんけ?」
「いいがいねーなんやって」
「今月の半ばなんやろ? バスのチケットはとれたん?」
「おん。とっくのとうにとれたわいね」
「本当け? もうお母さん心配やがいね」
「なして? うち、もう大人さけ。大丈夫やがいね」
「だってあんた、交通機関弱いさけねぇ」
 うっ……。図星を突かれてしまった。確かに、私は交通機関に弱い。
 昔家族と東京まで出かけたとき、成人迎えたのに電車乗るとき路線間違えて一人だけ反対方向に行ってしまった経験があるから、お母さんが心配するのも否めない。

 そして、ついに出かける日。今回の一人旅は、土日をつかって二泊三日で京都を満喫することにした。
 朝のバスに間に合うように、お父さんに輪島駅前のバス停まで送ってもらった。心配だというから、お母さんも一緒についてきた。
「ほんなら、気いつけてな」
「うん。楽しんでくるわいね!」
「お土産まっとるさけね」
 お父さんにお土産を頼まれた。頼まれなくても買うからと訂正した。
 バス停で、金沢行きのバスを待つ。割と人は並んでいた。そして、やっと来たバスに乗り込んで、金沢へと向かう。バスの中から両親に手を振る。両親も手を振り返してくれた。

 輪島から金沢までは約二時間ほどで着く。その間、とてもじゃないほどの睡魔に襲われた。気づいたら夢の中にいた。
 あっという間に金沢に着いた。ここから、JRにのって二時間かけて京都までいく。
 改札を通ると、ホームにはたくさんの人で溢れかえっていた。その中をかきわけていくのは結構な至難の業であった。
『まもなく六番線に、当駅始発サンダーバード十二号が到着いたします。黄色い線から離れてお待ちください』
 電車に乗り込んで、端っこの席に座る。
「すみません。お隣いいですか?」
 そう声かけてきたのは、前髪を横に流していてパーカーを着た若い男性。顔立ちが凄く整っていてイケメンさん。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、すみません。いいですよ」
 思わず見とれてしまっていた。男性の声かけで我に返った。
「ありがとうございます」
 とても律義にお礼を言って座った。その人は、パーカーのポケットからイヤホンを取り出した。
「あっ」
「えっ?」
 思わず声が出てしまった。
「あ、あの、そのイヤホン、私と同じです」
 リュックからイヤホンを取り出して見せてみる。偶然にも色もイヤホンのタイプも同じだった。
「んは。ほんまや。こんなことってあるんやなあ」
「そうですね」
 口に手を抑えて笑った顔は、何とも言えないくらいのイケメンだった。その時、胸の奥がキュンと鳴った。これってもしかして……って思ったけど。
 いや、違う。そんなことはない。
「何が違うん?」
「へっ?」
「いや、さっきから違うだのなんだの一人で言うてはるんで」
 えっまさか、心の声が漏れてた? なんか恥ずかしい。恥ずかしさのあまり、両手で顔を隠した。
「んは。おもろいですなあ」
「え、いやそんな」
「ところで、これからどこに行かはるんですか?」
「これから京都に。石川県の輪島市というところから一人で」
「おお、俺の地元や」
 やっぱりこの人は京都の人だった。
「あ、自己紹介してなかったなあ。俺、神木裕太。常にどこかで絵を描いとるから、もし京都内で見かけたら声かけてな? あ、あと、敬語じゃなくてもええで?」
「え、大丈夫ですか?」
「おん」
 とりあえず私も自己紹介しよう。あ、その前に。
「あ、方言入っても大丈夫け?」
「平気や! 気にせんで?」
「ありがとえー。私は、立花華。宜しく」
 それから、神木さんとずっと話していた。お互いの地元の話から趣味の話まで幅広くたくさんの話題で盛り上がった。
 神木さんと話しているとすごく楽しくてずっとこのまま話していたいと思った。だが、時間と距離は相互に早く進み、あっという間に京都に着いた。時刻はお昼近く。ちょうどお腹が空く頃だ。
「話付き合ってくれてありがとなあ」
「いえいえ、こちらこそ。私もまんでー楽しかったさけ、またどこかで」
 輪島の方言もたくさん教えたからか、『まんで』が気に入ったみたいで何かあることに使っていた。それが一番嬉しかった。
 改札を通った先で神木さんと別れた。何故だか、少し寂しい気持ちになった。それが何でなのかわからない。分からないけど寂しくなった。

 神木さんと別れて、まずは予約しているホテルに行った。安くて大きなホテルで探したら、けっこういいところがとれた。駅からそんな遠くなくて周辺にもコンビニなどが集合していて結構便利。無料Wi-Fiも設備されているから速度制限も気にせずに使える。
「こんにちはー。すみません、予約していた立花です」
「こんにちは。ご確認いたしますので少々お待ちください」
 フロントの方がパソコンでデータ確認をしてくれた。そのとき、エレベーターから韓国人の人たちが団体で降りてきた。ここは、外国からの観光客からも人気だ。
「石川県からお越しいただいた立花様ですね」
「はい」
「本日は、今日と明日の二泊三日ということでご利用ありがとうございます。こちらが、カードキーになります。お部屋に入る際、こちらをドアノブにかざして頂きますとドアの鍵が解除されます。また、ここのホテルは全部屋自動ロックとなっておりますので、お部屋を出られる際にはカードキーを持っての退出をお願いいたします」
 一通りの説明を受けた後、エレベーターで六階まであがる。今回の部屋は、突き当たって左端の六一七号室。
 カードキーをかざして部屋に入る。とっても大きなベッドでびっくりして、写真を撮ってお母さんにラインした。
『お母さん、京都についたけ。見てま、これ! まんでーでっかいベッドやわい』
 そう一言付け加えて送ると瞬時に既読がついた。とてもビックリした熊のスタンプとともに、いつか行きたいと返ってきたから、いつか三人で行くけと返信した。
 ベッドに座ってふとケータイ表記の時間を見ると、十二時半を回っていた。お腹空いたなあ。どうしよう。そうだ。近くにカフェテリアにでも行こう。
 ホテル付近にカフェテリアを探すと、なかなかいいのが出てこなかった。少し足をのばして遠めの方面で探すととても素敵な外見のカフェテリアを見つけた。地下鉄に乗り徒歩五分のところにあるインテリア風のところ。
 早速バッグをもってカードキーを常備して部屋をでる。一階に降りると、この時間から入る人たちでフロントがいっぱいだった。

 ここのホテルのいいところは、何と言っても駅に近いということ。徒歩十分というのがまたいいところだ。この時間だから少し混んでいるのかもしれない。
 十五分乗って駅に着く。少し外れた路地を入っていく。こんなところにあるのかなとちょっと不安になった。不安になりながらも進んでいくと、看板が見えた。よかった、あった。
 カラカラッ
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「一人です」
「では、こちらにどうぞ」
 店員さんに端っこの席に案内された。やっぱり予想通り、この時間ってのもあってそこそこの人数はいる。私みたいに一人でゆっくりしている人や、男女で仲良くお喋りしながら楽しんでいるカップルも何組かいた。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっとー、カフェラテとパンケーキをください」
「かしこまりました」
 メニューを注文して待っている間、ケータイを開くとお母さんがお土産宜しくの一言が来ていた。今日来たばっかなのにもうお土産の話? 相変わらず気が早い。
「お待たせいたしました。カフェラテとパンケーキになります。ご注文は以上で宜しいですか?」
「はい」
「ありがとうございます。それではごゆっくり」
 頼んだものを持ってきた店員さんがさわやかな男性でちょっとカッコイイと思った。
 綺麗な顔立ちをしていた。でも、神木さんの方がカッコいい。
 ん? なんで今、神木さんのことが浮かんだんだ? その理由が分からなかった。
 モヤモヤ感を消すようにカフェラテを飲んでパンケーキを一口頬張った。どっちも丁度いいバランスで甘さが広がってくる。久しぶりにパンケーキを食べた。確か、幼いころに食べさせてもらって以来一度も口にした覚えがない。やっぱり輪島にいると、こういう女子っぽい食べ物を食べる回数なんてへってしまうんだ。

 軽いお昼を済ませてホテルがあるところに戻る。地下鉄は相変わらず人が多い。土曜は、みんな出かけるのか。
 京都駅について、時刻もそんな遅くないからすこし観光することにした。市バスに乗っていろんなところに行けることがわかったから、一日乗車券を購入して市バスに乗ろう。バス停にはたくさんの人が並んでいた。
 まずは、修学旅行で行けなかった鴨川に行こう。確かあの時、計画表には書いてあったけど、時間が無くて行けなかったんだっけ。あの時がなんだか懐かしい。
 市バスに乗って五分も絶たずにバス停に着いた。横断歩道を渡って反対側に移動して暫くあるくと、とても綺麗な川が流れていた。ここが鴨川か。川の流れは普通。速すぎず遅すぎない丁度いい速さ。暫く川を眺めていると、遠くの方でなんか絵を描いている人を見つけた。
 あのパーカー、もしかして……。半信半疑で川に降りて絵を描いている人に近づく。あ、やっぱり、そうだ。
「神木さん?」
「おー。朝ぶりやな」
「ほうやね」
 神木さんは、どうやら川の絵を描いていたみたいで、見せてもらった。
「うわー! まんでー上手やわいね! なしてそんな上手く描けるんけ?」
「んー、なんでやろ」
 少し戸惑いながらも、自分なりの練習法を教えてもらった。
「俺、昔から絵描きになるのが夢やってん。ほんで、独学で絵を学んで今になったってとこやな」
「そうなんねえ。私、ほうやって自分の夢に向かってこつこつ頑張る人好きやさけ。だから、まんで応援してるま! 頑張るんよ!」
「おう、ありがとうな。でも、正直迷っとる」
「迷ってるってーどれと迷っとるん?」
「ほら、周りの大人は、絵を描くだけでやっていけるのか? って聞くやろ? やから、自分に自信もってええか分からんくなってしもうて」
 私の友達と同じ考えをもっていた。
「そっかー。ほんでもー、諦めきれないんよね?」
「おん。本当は絵を描きたいんや。めっちゃ好きやからな」
「ほんならー、そうやって大人の意見を聞こうとしなくてもいいわいね。自分のやりたいことをめいいっぱいやったらいいがいね!」
「そうなん?」
「うん! うちの友達がな、小さい頃からお菓子作りがまんでー好きなんよ。ほんで、うちらにお菓子を作ってくれるんやけどー、まんでーまいもんよ!」
 私は、神木さんに長い付き合いのある親友の話をした。うちらがまんでー美味しそうに食べてくれるのが幸せだって言ってたことや、でっかい夢をもつのは無駄だとお母さんに言われて挫折していたことや色々話した。
「挫折したとき、好きな人に言われた言葉やあってん。それを言われたおかげで、お母さんに自分の思いをちゃんと言えて今では地元の輪島でケーキ屋さん開いとる!」
「へえーすげー友達おんねんな。そんで、その言葉ってなんや?」
「怖くても、忘れられんげ。離れられんげ、夢ねんと思う」
 頑張って少し覚えた京都弁でもう一度伝えた。
「その友達は、その言葉のおかげで今でも頑張ってるんやな」
 神木さんは、ちょっと下を俯いてしまった。
「神木さん、大丈夫やわいね! ほら、元気出すまし!」
 方に手を置いて元気づける。
「っ……!」
 顔をあげてこっちを向いた瞬間、神木さんがイケメンだということに気が付いた。朝の時の感覚がふとよみがえってきて、恥ずかしくなってしまった。逆にこっちが俯いてしまった。
「どしたん? 大丈夫?」
 気遣って顔を覗きにきたけど、すかさず逸らした。神木さんって、あんなにかっこよかったっけ。胸に手を当てると、ドキドキが止まらなかった。このとき、ある感情に気づく。
 私、神木さんのことが好きだ────。

 空が茜色に変わってきた。気づけば夕方。うちらはけっこう話していた。
 自分の気持ちに気づいてしまってからは、なんだか心臓がバクバクいって苦しかった。もっと傍にいたいって思うけど、それに対抗して鼓動のスピードが速くなった。「あ、なあ。ウチ、そろそろホテルに戻るけ」
「わかった。あ、もしよかったら、ライン交換せえへん?」
「えっいいんけ?」
「おう! 立花さんともっと話したいって思ったし」
「へっ?」
「えっもしかして、あかんかった?」
 ううん。そうじゃない。嬉しすぎて驚いただけだ。というより、そんなことを言われたら、私、期待しちゃうけど?
「大丈夫やよ! 交換しよう!」
 ライン交換でよくある、譲り合いが始まった。結局、男らしくしたいということで神木さんのQRコードをかざすことにした。そこで男らしく決めたいという理由がわからずに笑っていると、立花さんの笑顔好きやなーとサラッと言われてびっくりした。もしかして、そういうことを普通に何気なく言えてしまうタイプなのかな?
 そう思うと、またキュンとした。
「じゃあ、さいなら」
 神木さんと別れた。ほかに観光しようと考えていたところは、結局行かずにずっと神木さんと話していた。あの時間がとても切なくて愛おしくなった。
 
 ホテルに戻ると、すぐにラインを開いた。何人かとのやりとりに、神木さんとのトークを追加した。まずは、無難に挨拶から。
『こんばんは。朝に知り合ってからまさかあそこで会えると思わんかったわいね。楽しかった! ありがとえー』
 すぐに既読がつくとなんか嫌だったから、すぐさまケータイを閉じて着替えた。地元から持ってきた部屋着は、音符がたくさん描かれている可愛らしいもの。小さいころからずっと使っていた可愛い部屋着を、なんか神木さんに報告したかったけど、それはちょっと止めとこうと思った。
 気になってケータイをみたら、新着メッセージのお知らせが来ていた。恐る恐る開くと、神木さんからだ。見ると、私が送ったメッセージからわずか二分しか経っていなかった。まさか、もしかして、届いてすぐに開いたのかな。そう思うと、ちょっと嬉しくなった。
 神木さんからの返事には、可愛らしいスタンプとともになんとも元気そうなメッセージが来ていた。
 暇ができたから、それからずっとやりとりを続けていた。一番伝えたかった、お昼にいったカフェテリアの話をした。すると彼は、けっこう話に乗ってきた。
 パンケーキがとてもおいしいこと、インテリア風で居心地がいやすいこと、その他色々とカフェテリアについて盛り上がった。
 盛り上がっているとき、ただひとつ驚いたことがあった。それは、爽やかでかっこいいと思った店員さんが神木さんの友達だということ。その人の名前は、瀬斗未来さん。
 彼は、神木さんの学生時代の友達みたいだ。神木さんと瀬斗さんとの楽しそうな学生生活もたくさん聞かせてくれた。明日、その友達に会うことになっているという。
『もしよかったら、一緒に会いに行かへん?』
 えっ? まって? 突然のことで戸惑いが隠せない。既読だけつけて、ただひたすら画面をみるしかできなかった。返信しなきゃ。このままじゃ既読スルーになってしまう。     
 二十分も放置してしまっていたことにはっと気が付いて、謝りの文章をつけて素直に行きたいと返事した。
 お風呂に入ってテレビを見ていると、神木さんから返事が来た。内容は、明日のこと。実質明日でこの旅行は終わりなのだから、神木さんに会えるのも明日で最後。と思うと、とても寂しくなってきた。どうしよう。思いを伝えようか迷う。でも、明日で終わりなのは事実。理由をつけて伸ばしたいけど、私には仕事があるから贅沢は言っていられない。お互いに時間が大丈夫なら、どこか寄り道をしてそこで伝えよう。
 もう二度と会えなくなってしまうと思うと苦しくなる。昔から、決めていることがある。それは、『言わずに後悔よりも言って後悔』。
 結果はどうあれ、言わずに後悔してしまうよりもちゃんと伝えてダメならダメでそれが糧になるから。

 そして、最終日の朝。起きると、空はとても晴れていた。何とも言えないほどきれいな快晴だ。朝食のバイキングに行く。それから支度をしよう。
 カードキーをもって部屋を出る。すれ違う人たちと挨拶を交わす。こういうところも、ホテルのいいところだ。全く知らない人と同じ時間を過ごす。輪島にいると、みんな親戚同士だからこういうことは、観光客が来ない限りはないこと。
 バイキング会場に行くと、もう既に人がたくさん来ていた。小さい子連れの家族からカップルまで、みんなそれぞれに楽しんでいる。
 私は、相変わらず小食だからそんなに食べない。だけど、ここでしか食べられないものはたくさん食べた。会場に入ってから約一時間は食べていた。京都でしか食べられないものがたくさんあって、思わず手が伸びてしまった。かと言って、爆食いしたわけでもない。それなりの休憩を挟んでの一時間。
 ジュースを一杯飲んで会場を出る。十分に楽しめたからすごい満足。
 部屋に戻ったタイミングで、神木さんからラインがきた。支度をして今から向かうと一言送って荷物の整理を始める。整理をしながら、昨日のことを思い出した。電車の中で出会った素敵な人が、まさかの京都の人で朝の時点で一目惚れをしていた自分に少し呆れるけど悪いことではない。
 最後に部屋の整理をしてドアの前から見まわして、終わりを迎える。
 エレベーターで一階まで降りて、チェックアウトを終えて出る。ホテルの外見の写真を撮って歩き出す。今日はちょっと寂しくなる日だから、神木さんとのデートを楽しもう。とか言って、デートだと思い込んで勝手に一人で浮かれているだけだけど。

 駅にいくと、もう既に神木さんがいた。
「おはよう。ちょっと待ったかな?」
「おはよ。いや、大丈夫やで」
「ありがとえ」
「ほな行くか」
 昨日と同じルートでカフェテリアに行く。昨日と違うことがある。それは、神木さん改め好きな人と素敵なところにいけること。
「荷物重いやろ? 俺持つから貸してみ?」
 ホームに降りていく階段付近で突然荷物を持つと言ってくれた。なんだか素直になれなくて意地を張った。
「えっいや、大丈夫やわいね」
「ダメや。こういう時は素直に男に頼るもんやで?」
「そうなの?」
「そうなんよ。はい」
 またキュンとした。というか、会った時より鼓動が速くなっている。お言葉に甘えて彼に荷物を頼んだ。神木さん、そういうこと言うと期待しちゃうけど?
「よいしょ。はいよ」
「ありがとえー。あっ……」
 彼から荷物を受け取るとき、ほんの少し指が触れた感覚があってすかさず引いてしまった。
「どしたん?」
「ん? なんも」
 うまく誤魔化して荷物をもつ。気づかれないように神木さんの方を見ると、なんもないようにスマホをいじり始めた。もしかして、本当に気づいていない? それとも、感じたけど感じていないふり? もうわかんない。
 電車がきて乗り込むと、私をドア側に誘導してくれた。神木さんは、かばうように前に立っている。こんな体勢、完全にカップルにしか見えないよ。頑張って平然を保つけど、目の前の神木さんがカッコよ過ぎてけっこう耐えるのにしんどい。たまに、大丈夫? と覗きこんでくる瞳が綺麗すぎて仕方がない。
 最寄りの駅について降りると、エスカレーターに乗って改札へと歩く。そのときも、私に歩幅を合わせてくれる。こんなことされて、惚れない人なんていない。神木さん、好きな人とかいるのかな。もしいたら、友達として優しくしているに違いない。そう思うと、なんだか切なくなった。
「大丈夫?」
「うん、平気やけど。なして?」
「いや、さっきから顔がしたむいているから」
 やばい。しまった。これじゃ、つまらなさそうにしていると思われた?
「ごめん! 私は大丈夫やさけ!」
 満面の笑顔を見せると、よかったとホッとされた。危ない。思わず気持ちが表情に表れていたみたいだ。

 カフェテリアに着くと、レディーファーストをされた。神木さんのこういうところも大好き。
「いらっしゃいませー。おー、久しぶりやな」
「よっ」
 お二人がとても仲良かったんだなというのがすごく分かった。時刻はお昼近くというのもあって、それなりに混んでいた。
「あ、昨日の。こんにちは」
「こんにちは」
 神木さんのお友達の店員さんに改め瀬斗さんに、昨日とは少し違う席に案内された。
「えっなに? リア充になったこと見せつけにきたんかー?」
「は? ちゃうわ。この子は昨日知り合った友達」
 友達。そのワードが少し寂しかったけど、友達であることは間違いない。
「まあ、ゆっくりしていってなー」
 メニュー表を置いてバックヤードに戻った。
「昨日、立花さんが食ったやつにしよか? 俺も食べたいし」
「うん。一緒に同じの食べるけ?」
「そうしよ!」
 すみませーんと彼が大きな声で呼んだ。
「このパンケーキを二つと、飲み物はアイスココアとカフェオレで」
「かしこまりました。お前、パンケーキとかまじかよ」
「うるせえなあ。はよ持ってこいや」
「わかりましたー」
「んは、はあうぜえ」
 瀬斗さんのいじりでまた昔みたいにふざけあって、なんかいいなあと思った。
「会うといっつもこんなかんじやで。ほんま疲れるわ」
「でもなんかいいがいいね、昔みてえに話せるっちゅうのは」
「やんなあ」
 パンケーキがくるまで、くだらない話で盛り上がった。もちろん話題は、瀬斗さんとの昔話。
「おまたせいたしましたー」
「おっ。めっちゃええやん」
「やろ? これ、俺の手作りや」
「えっお前、作れるん!?」
 私も初耳で驚いたけど、一番驚いているのは神木さん。まあ、あれだけ一緒にいたのにそういうことがなかったから当たり前か。
「親父がつくれるんや。勉強したんで!」
 自慢げに話す瀬斗さんと、それを少しいじる神木さん。ずっと見ていたくなるくらいに微笑ましい。
 神木さんといるとすごく幸せで楽しい。この時間がずっと続けばいいのにとしか思わなくなった時には、もう恋に堕ちていたんだ。
 一時間もずっとパンケーキを食べながら話していた。
「ごちそうさまでした!」
「会計、俺が払うから大丈夫やで」
「ほんとけ? ありがとえ」
 なんか私、朝から頼ってばかりかも。

 カフェテリアをでて駅に向かう。
「このあと、京都を案内しよか?」
「ほんとけ!? 神社とか行きたいわいね!」
「よっしゃ! じゃあ、俺がよくいく神社に連れて行ってやるよ!」
「やったー!」
 まだ神木さんと一緒にいられる。凄く嬉しい。
 駅についてから市バスに乗って観光することになった。神木さんがよく行く神社に二人で行けるとかこれ以上の幸せはない。しかも、好きな人の好きな場所に行けるとか。
 バスに乗って揺られること五分。神木さんの行きつけ神社まで歩いて約十五~二〇分くらいかかる。
「そういえばさ、そっちで有名な祭りとかあるん?」
「祭りけ? 勿論あるがいね!」
「どんな祭り?」
「今月のお盆過ぎに、輪島大祭っちゅうでっかい祭りやあるわい。その祭りで、キリコ灯篭っちゅうまんでーでっかいもんやみんなで担いだり盛大に回したりするげんよ」
 輪島大祭。それは、毎年八月二十二日から二十五日の四日間にわたって行われる輪島を代表する祭り。その祭りで、キリコ灯篭というものを使って盛り上げる。
「キリコ灯篭ってー何や?」
「んー、簡単に言うと、神様の道を照らすものやね」
「ほー!」
 祭りの話題で盛り上がっていると、じんじゃについた。
「ここや。俺がよく来る神社」
「八坂神社?」
「そう。なんか、ここにきたくなるんや」
「そうなんねー」
 境内に入り、ゆっくりとまわった。
「お賽銭しようや」
「うん」
 お賽銭にはそこそこの人が並んでいた。番がきて、お金を投げ入れる。何をお祈りするかは決まっていた。
『想いが伝わりますように』
「立花さん、何をお祈りしたんや?」
「えっ内緒」
「内緒ー? そんなんなしやてー」
 拗ねている神木さんが可愛く見えた。
 帰りに家族にお守りを買った。
「ほかに行きたいところある?」
「んー、あ! 水族館!」
「水族館? いいで! ほな、行くか」
「うん!」
 実は、水族館が大好き。よく地元ののとじま水族館に家族あるいは友達と行く。
 私たちは、また市バスに乗って今度は水族館に行った。
 
 水族館まではバスに乗って約三十分。すこし長いが、神木さんといられるならどううってことなかった。バスの中では、水族館の話題で盛り上がった。
 十五時半頃、バスは最寄りの駅に着いた。少し外れの道に入ってすぐそこ。
 チケットを買って、いよいよ水族館のなかへ!
 順路に沿いながらたくさんの魚をみては興奮していた。まるで小学生のようにはしゃいでいた。
「神木さん、これ見てま! まんでー可愛いなあ」
「うわほんとや! めっちゃかわええ!」
『まもなく、十六時四十分よりイルカミュージアムにてイルカショーを開催いたします。元気いっぱいのイルカたちのショーをぜひご家族や恋人と一緒にお楽しみください』
 館内放送が流れた。
「イルカショーやて! 行こっ!」
「おう!」
 神木さんもすっかり私のペースに合ってきた。
 会場に行くと、たくさんの人で溢れかえっていた。
「うわー、やっぱりすごい人やねー」
「そうやな。上の方でええ?」
「うん」
 神木さんに手をひかれて二階席に行く。頑張って探してやっと見つけた場所は、二階席の本当に端っこの方。
「ここしかあいてへんわ。大丈夫?」
「全然平気やわい」
 神木さんと一緒にいられるならどこでも構わない。
 十六時四十分。イルカショーが始まった。四頭の元気なイルカたちが楽しそうに泳いだり激しくジャンプしていたりと、けっこう迫力満点。
 ショー中、さりげなく彼を見るとすごく楽しそうにしていた。イルカのジャンプに興奮して大きく拍手したり時折こっちをみて満面の笑顔で微笑まれてこっちが別の意味で興奮しそうになって危なかった。
 約三〇分間のイルカショーが終わった。
「楽しかったな!」
「うん!」
「んじゃ、お土産買って帰ろうか」
「あー、うん」
 もう終わりか。一気に寂しくなった。自分の気持ちもそろそろ限界になってきた。そうだ。言うって決めたんだ。
 お土産を買って外に出た。
「立花さん、昨日と今日の二日間どうだった?」
「うん、まんで楽しかったわい」
「ほんならよかったわー」
 人気がなくなってきたところで、決めた。言う。
「神木さん」
「ん?」
 私は立ち止まった。神木さんも止まってくれた。
「この二日間っていう短い時間やったけど楽しかった。幸せやった」
「私……神木さんのことが好き」
 目を見て伝えると、彼は少し戸惑っていた。
「昨日の朝電車で出会ってから、ずっとこの瞬間も好きです」
「……」
 さっきまで元気そうな神木さんの表情が曇りだした。そっか。やっぱりだめだよね。怖くて泣き出しそうな私をみて、彼が一言。
「俺も」
「へっ?」
「俺も、昨日朝に出逢ってから好きや」
 嘘……。えっこれってつまり、両想いってこと? しかも、お互いに同じタイミングで惹かれていたの?
「告白って、男からするもんとおもっとったから。立花さんが言ってくれた時、サキ子されたと思ったんや」
 だから黙っていたんだ。
「改めて、立花華さん。俺も昨日の朝からこの瞬間もずっと好きです。俺と、付き合ってください」
 こんなこと初めてだ。初めてで嬉しすぎて目には涙がたまってきた。
 わたしの返事はもちろん。
「はい。こちらこそ宜しくお願いします」
 私が彼の手を握ったのを合図に引き寄せられて抱きしめられた。
「大好きだよ。華」
 名前で呼ばれた。それがすっごく嬉しくて泣いていた。
 腕が離れると、私の涙を拭ってくれた。
「なに泣いてん?」
「だって、まんで嬉しいさか。そりゃ泣くわいね」
「華、お前は? 俺のことどんくらい好き?」
「んふ、まんでー大好きやわい!」
「んは。俺もやで」
 夕暮れが照らす中、私たちはどちらともなく優しいキスをした。

 帰りの電車に余裕で間に合った。改札付近まで一緒にいてくれた。
「華」
「ん?」
「昼間に話してくれた祭り、いくで」
「本当け?」
「当たり前やろ。お前が俺の地元を楽しんでくれたから、俺もお前の地元楽しみたいけど一番は……」
 彼が突然耳で囁いた。凄く嬉しくて抱きついた。
「おい、ここではだめや」
「はーい。んふ」
「じゃあ、もう時間やな」
「うん。裕太、待っとるさけ」
「おう! 少しの間の辛抱や。待っててな」
「じゃあね」
 泣きそうなのを堪えて、改札を通った。彼は、私が見えんなくなる最後の最後まで見送ってくれた。

 昨日、もし電車が一本でも違っていたら。もしわたしが京都を選ばなかったら。
 きっと、いや、絶対にこんな幸せは巡ってこなかっただろう。運命って、本当にすごいんだなと改めて実感した。
 別れ際で彼が囁いてくれた言葉。
『お前に会いに行きたい』
 この言葉はずっと耳に残っている。
 昨日運命が引き起こしたひと夏の淡い片想いは、両想いとなって永遠となった───。

      
                                   ―終わり―