読書設定

文字サイズ

背景色

フォント

方向

 あなたは一体何者なのですか、と俺は問われた。
 人々の行き交う鎌倉駅、それも昼間の一二時五四分三四秒(現在)に、突然。
 誰も、それまではコートを着込んだ俺に気を止めなかったというのに。
 とある少女に、俺は声をかけられた。
 何処にでも居るような、ごく普通の少女だ。ゆるふわウェーブの黒髪で、髪は肩の辺りまで伸びている。
 イマドキの女子高生にしては、髪型はともかく黒髪というのは珍しいか。
 何故か懐疑的な視線を向けられている気がしたので、俺は自身の事を「旅の者で、鎌倉には有名な大仏や由比ヶ浜を観にやってきたのです」と話した。
 しかしそれで彼女が納得する様子もなく、嘘、と彼女は俺の説明を否定した。
「何が嘘なのですか」……俺は少し腹が立って、キツめな口調で話した。
 すると彼女は、俺が右手から下げている紙袋を指差して、こう言った。
「あなたのその紙袋」
 周囲に人は居ない。
「それが何か?」
 いつのまにか。
「その中身」
 いや違う。
「はぁ」
 全員が、息を潜めて俺達二人を見つめていた。
 人が視線を感じるという時はもちろん気のせいな時であって、テレパシーなんてものを使えない人間が、自己に向けられる意識のさざ波に気付ける筈もないのだから。
 だから、俺は周囲に目を配った時にその視線に気付いた。
 ところで、まぁ、少女の話はいよいよ本番というところだった。

「あんた……わたしのぱんつ盗んだでしょ」

 トンデモナイ事を抜かしやがったこの小娘。

「な……何を根拠に」
 当然、俺は狼狽えた。その事に心当たりがあるというからではなく、公衆の面前でそんな恥ずかしい事を惜しげもなく言い放てる少女の存在に。
「根拠はその紙袋の中身を開けてみればわかるわ。……今朝洗い立てのものがぎっしり詰まっている事でしょうね、ごっそり無くなっていたもの」
「だから……そのパンツ泥棒さんと俺に、一体何の関係があると言うのです……っ??」
 俺が話している間に、少女は俺の持っている紙袋に手をかけて紙袋を引き裂いた。??すると。
 パンパンに詰まっていたからか、紙袋が引き裂かれると同時に紙袋に入っていた中身は飛び出た。
 ……トランクスと呼ばれる、所謂男性用の下着が。
 空を舞うパンツを見て、見物人達は顎に手を当て、眉をひそめた。
 散らばっているのは、どう見ても男物。
 それに対し少女が言っていたのは「わたしのぱんつ」。
 その矛盾の答えは、すぐに示される事となった。
「わった、しのっ! ぱんつうぅぅぅ??」
 がしっ。
 ぐいっ。
 ぎゅうっ。
 くんくん。
 すーはーすーはー。
 すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううぅぅぅぅぅぅううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ????
 パンツが地面に落ちる前にキャッチし、
 それを掴み寄せ、
 自分の顔に押し当て、
 臭いを嗅ぎ、
 深呼吸をして、
 最後に一分くらいかけての深呼吸をして、やっと顔を離した。
「…………」
 思わず、言葉を失う俺。
 そして周囲の人間はといえば、駅構内の店の従業員や駅員などを除いて、全員が俺と同じように言葉を失っていた。
「んんんっ、んはぁ……。やっぱりキミの匂いだね。……サイコーぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉ????」
 そして、尚もトリップ状態の少女。当分の間は元に戻りそうもない。
 ……そう。
 俺がこの少女のパンツを盗み、変装までして家に持って帰ろうとしているのではなかった。
 四六時中俺に付きまとうこの少女が、遂に俺の部屋のパンツをごっそりと盗み出して自分の家へと持ち帰っていたのだ。
 周囲の人間(主に観光客)が、「NANDESUKAKONOJOKYOHA!?」と驚いてしまいそうな程に俺のパンツを手にひらひらと踊る少女は、紛う事なきただの変態だ。
 呆然と立ち尽くす俺と少女の側では、警察に電話している人達が「え?? あれが普通なんですか??」と、驚いていた。
 度々厄介になりすぎてもはや窓口の段階で「火事ですか? 救急ですか? 二人組の変態ですか?」って言われてしまうんだけど。
 ……ワタシ、変態じゃないんですけど。
 今も尚、変態行動を辞めない変態少女を置いて、俺は自宅に向かって走り出した。
 初めは全部持って帰ろうとしていたけど、よくよく考えりゃ二、三枚で充分だパンツなんて。
 だから、俺が逃げ出したのは少女が俺に獲物を捕る狩人の目を向けてきたからではない。
 断じて。

 …………改札通る前に少女に捕まり、その後やっぱり来た警察に二人とも「ちょっとお話しお伺いしてもよろしいですかー?」されたけど。

 

▲注意▼
 この物語は完全なフィクションです。実在する人物や団体や政治とかその他諸々とは一切関係ありません。