私には、めぐという妹がいる。誕生日は私と一緒。だけど双子ではない。
めぐは、私が産まれた一年後に生まれたのだ。
そんな妹と私は、顔は似ているけど、性格も好みもまったくの正反対だった。
明るい性格で、人間や動物が好きな私に対し、めぐは暗い性格で、古い骨董品とか絵巻とか、博物館とかに飾られている物が好きだ。だから、どちらかが好きな場所に行くと、もう一人はいつもつまらなそうな顔をしている。
「まな。ちょっといい?」
そんなある日、お母さんが私に、博物館のチケットをくれた。
「たまには、息抜きするのもいいんじゃない?」
そう言って渡されたチケットを、私は少し不満げに受け取った。
「それに、この博物館の近くに、動物園もあるわよ」
それを聞いた途端、私の心はウキウキし始めた。
「めぐには悪いけど、博物館はとっとと済ませちゃお」
私の言葉に、お母さんは小さく笑った。
当日。用意を終わらせた私たちは、博物館へと向かった。
「へぇー。刀とかも展示されてるんだって。刀なら、ちょっと興味あるかも」
めぐは、私の言葉に返事もせず、電車のドアから外の景色を見ていた。
こういう所も、私とは似ていない。
私は、電車の中は暇ですぐに飽きてしまうので、スマホや中吊り広告を見たり、周辺の人の話を盗み聞きしたりしている。
「ねぇ、めぐは何か気になるのあるの?」
「……埴輪」
「はにわ?」
「そう。昔のお墓に入れられてるやつ」
「うわぁ。めぐってほんとにそういうの好きだよね」
そんな会話をしていると、電車は最寄り駅に着き、私たちは電車から降りた。
駅から博物館はそこそこ遠く、入口に着いた頃には、少し息が切れていた。
係りの人に、チケットを見せて、私たちは中へと入った。
中に入ると、目の前には大きな階段があって、上の方は左右に分かれていた。
「あ、はにわはここだって」
私は、階段の横に置いてある地図を見た。
「うん。でも、順番に見てくのが決まり」
めぐがそう言うので、私は仕方なく、階段を上った。
最初の展示の方は、昔の書物とかが多かった。でも、何が書いてあるのかが分からない私にとって、それらはただの物にしか見えなかった。
やっぱり、めぐはこういうのが好きなだけあって、説明文を読んだ後に、時間をかけてその作品をじっくりと見ていた。
展示の内容が、現代に近づくにつれて、教科書に載っている作品が、見られるようになった頃、私は少しだけ作品に興味を持ち始めた。
「これも教科書で見た事ある。あ、こっちも」
それでもやっぱり、私は長時間見る事はできなかった。
タイトルを見て、作品全体を見て終わり。私が次の入口に着いた時には、めぐはまだフロアの半分にも到達していなかった。
一人で先に進むのも悪いと、私はめぐが見ている作品の、二つ先の場所で、めぐを待った。
「あれ?」
一階の途中のフロアが、真っ白な布で覆われていたから、思わず私は声を出して立ち止まった。
「ここ、何もないよ?」
「ここは、今改装中。まな、さっき地図見てたのに、気付かなかったの?」
「だって、めぐがはにわ見たいって言うから」
私は、しぶしぶ歩き出した。
布で覆われてできた通路は狭く、私たちは斜めになるように並んで歩いた。
改装中だけあって、機械の音と微かなペンキの匂いが、目と鼻に届く。
「なんか、これだけ真っ白だと変になりそう。めぐは平気?」
「うん」
「なら良いんだけど。そういえば、ここって何が展示されてたのかな?」
「刀だよ」
「えっ!?」
「まなうるさい」
「ごめん……」
衝撃の事実に、私のテンションは下がった。いや、元からそこまで上がってなかったけど。
通路を抜けた後も、私たちは自分たちのペースで展示品を見て周った。
そして、最後の展示室へとやっとたどり着いた。
「あ、ほらはにわだよ」
私は、入口から奥に見えるはにわを見て言った。
めぐの方を見ると、今日で一番嬉しそうな顔をしていた。他の人が見れば分からない程度だけども。
それでもめぐは、最初に展示されている物から順番に見て行った。
そして、やっと目当てのはにわの場所にやって来た。
はにわは、ほとんどがガラスケースの外に展示されている。もちろん、触るのは禁止なので、手前には赤いロープが張られている。
「あ、これとか教科書で見た事ある」
「それは馬型埴輪。埴輪は動物形をした物も多いよ」
「へぇー」
私は、半分適当に、でも他の展示よりはじっくりと、はにわを見た。
一通り見終わり、めぐの方を見ると、人の形をしたはにわの前で止まっていた。
「これ気に入ったの? あんまり可愛くないじゃん」
私がそう話しかけても、めぐは何も返さずにただじっと、はにわを見つめている。
「……ねぇ」
それから一、二分した頃、めぐはようやくしゃべりだした。
「私と双子がよかった?」
「……は? 何言ってるの急に」
私は、めぐの言っていることが分からず、そう返した。
「だってさ、私たちは性格も正反対で、好きな物も似てない。でも顔は似てる。でも双子じゃない。それって変じゃない?」
「別に、そう思わないけど」
「ほんとに?」
めぐは、はにわを見たまましゃべり続ける。
「ほんとだよ」
「嘘。だって、知ってるよ私。まなが物心ついた時から双子が欲しいって思ってるの」
「めぐ? ほんとにどうしたの?」
私の言葉も聞かずに、めぐは話し続ける。
「ねぇ。どうなの? 教えてよ」
「…………」
私は、思わず言い淀む。だって、めぐが言う事は本当だから。
めぐが私の前に現れて、その存在を認識してからずっと、私は双子が欲しかった。
ううん。めぐと双子になりたかった。だって、顔がそっくりだから。私と同じ顔が、目の前にいるんだから。
「いいじゃんそんなの! それより早く動物園に――」
めぐから外していた視線を戻した時、
「めぐ?」
そこにめぐはいなかった。
迷惑にならない程度の速さで、館内を探す。でも、どこを見てもめぐはいなかった。
もしかして、と外に出てみると、噴水の前にめぐがいた。
「めぐ!」
名前を呼ぶと、めぐは私の方を向いた。
「どうしたの?」
まるで何事もなかったかの様に、めぐはそう質問した。
「だって、急にいなくなるから……」
「……あ、そっか。ごめん」
「もう、やめてよね。またいなくなられたら……」
私は、盛大なため息を吐く。
「ねぇ。それよりお腹空いた」
「……そうだね。ご飯食べに行こうか」
私たちは、手を繋いで博物館を出た。