描写技術Ⅰ
『魔女じゃなくて悪魔です』 著:胡桃 一希
「かがりっ――!」
私が帰って来た時、屋敷はトーマの炎で青く燃えていたのです。
トーマの炎は悪魔の業火。普通の炎とはわけが違います。トーマが望む限り燃え続けるんです。
屋敷の中にはまだ彼が――かがりがいるのに――!
「『人間の不幸は悪魔の幸福』だよな……? アモナ」
トーマは余裕の笑みでそう言いました。
私は地面に崩れ落ちます。
あぁ……イヤです。ウソです……。
悪魔も、人間も、幸せにできる道があるかもって、
ただそれを探していただけなのに。
やっぱり私が悪魔だからでしょうか……?
私みたいな化け物がかがりに近づいたから。
自分の気持ちに正直でいいって、周りなんて気にするなって、そう言ってくれた彼に甘えてしまったからこんなことになったんでしょうか……。
「ほら、人間なんて弱いだろ? こんなことで簡単に不幸になるんだぜ。お前もいい加減食糧に同情なんてしてないでさっさと魔界に――」
トーマは得意気にペラペラと話し続けます。なのに私は言い返せませんでした。これを絶望というのでしょうか。
無力な自分が嫌になります。視界が段々涙で歪んでくる。やっぱり私は何もできない泣き虫悪魔のまま……そう思った時、
「動かないと何も変わらないんだぞ!」
かがりの言っていた言葉が頭をよぎります。
「助けたければ助ければいいし、会いたければ会えばいいんだよ。俺はそうやってお前と再会できたんだから――」
私は溜まった涙を拭い、もう一度立ち上がりました。
――そうです。危うく以前の私に戻ってしまうところでした。こんなんじゃまたかがりに怒られてしまいます。
私は自分の小さな翼に力を込め、屋敷の入り口に向かって飛び出しました。
「おい、アモナ!? 待てっ!」
トーマが何か言っていましたが、それどころじゃありません。
バンッ――!
ドアを破って中に入ると、いつもの見慣れた玄関が炎で真っ青に光っている光景が広がっていました。
早く、かがりを見つけないと!
私は屋敷を飛びながらかがりを探しますが、見つかりません。
右も左も青い炎ばかり。ゆらゆらメラメラ揺れるそれは生きているようで気味が悪いです。
「かがり! かがり! どこですか!? ――ゲホッゲホ」
私が声を出した途端、炎がぬるんと動き、私の口の中に入り込みました。
熱い……! 痛い……!
口から呼吸する度にヒューヒュー音がします。段々鉄の味も広がってきました。同じ悪魔と言っても、人間の不幸を食べてこなかった私の体にこの炎は辛いようです。
空気が薄くて苦しい。でも口を開けて呼吸すればまた炎が入ってきてしまう。
一刻も早くかがりを見つけて、ここから逃げないと!
私は屋敷の二階へ向かいます。
いつもかがりと遊んでいたリビング、かがりに手伝ってもらってふっかふかのお布団になったベッドルーム、全部青い炎にのまれて地獄のようになっていました。
私は下唇を噛み悔しい気持ちを堪えます。その時、
「ァ、モ――」
絞り出すようなその声を、私は聞き逃しませんでした。
「ガ、ガアィ――!」
彼の名前を呼びますが、声がしゃがれて上手く発音できません。
私はとにかく声のする衣装部屋の方へ向かい、そこで私のマントに包まって倒れている彼を見つけました。
私は急いで彼を抱き起しましたが、目立った傷はないようです。多少煙は吸っているようでしたが彼の無事を確認してホッと胸を撫でおろしました。きっとこのマントのおかげです。私のマントは魔界のあらゆるものから身を守る魔界道具。咄嗟にマントを使ってくれてよかった……。
私は彼を抱きかかえ、突き当りの窓に飛び込みました。
――バリンッ!
窓が割れ私たちは二階から地面へ投げ出されます。私は最後の力を振り絞って翼をパラシュートに、地面へ降り立ちました。
それを見てトーマが叫びます。
「な! なんで、なんで悪魔なのに人間を助けるんだよ!」
そう、きっとこれが普通の悪魔の反応。
でも、私は違います。
悪魔だとか、人間だとか関係ない。
私はみんな助けたいんです。幸せになってほしいんです。
それをかがりが気づかせてくれました。そのままでいいよと言ってくれました。
だから私は今、胸を張ってこの場に立っていられるんです――!
(了)