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基礎文章作法
テーマ「職場」
『天才なんて……』著:なんてだよ

 天才は……いる。
 なぜそう言い切れるかって? だってここにいるじゃないか、 っいて!
 パソコンの電源をつけていなく、真っ暗の画面に写る自分の顔に酔いしれている正志は、頭を軽く叩かれた。
「ったくなんすかー、拓郎先輩。仕事の邪魔しないでくださいよー」
「その言い訳をするんだったら、せめてパソコンぐらいつけろよな、まったく……」
 不貞腐した正志に、やれやれと肩をすくめる拓郎。
 このままだと、いつものように正志のペースになると思い、拓郎は手に持っていたファイルを渡した。
「これは?」
「忘れたのか? 先月お前が提出した企画書だ、良かったな、無事通ったぞ」
 少し口角を上げ、素直に褒めた。
 だが当の本人は無関心で、まだ黒い画面とにらめっこしていた。
「嬉しくないのか?」
 拓郎は正直、この企画は通らないと思っていた。
 この会社はどちらかと言えば大企業の部類だ。
 そんな大きな会社に安定性とはいわば真逆の企画書を出したのだ。
 それでもなお、正志はやり遂げた。
 改めて思う。やはりこいつはすごい。
「いやー、嬉しいっちゃ嬉しいんですけど……」
 やっと髪が整ったのか、一瞬キメ顔をした正志がこちらを向いて続けた。
「絶対通ると思ってたんで、結果報告ってよりかは事実確認に近かったですからねー」
 絶対通る……ね。
「その自身はどこから?」
「だって……僕、神から生まれてきた天才なんですから!」
 キリッ! と、いつもの決めポーズをした正志を、拓郎はまじまじと見る。
「どうしたんすか拓郎先輩! いつもノリいいのに今日調子悪いっすよ!」
 いつもならここでため息をつきながらツッコミを入れるのだが、今回は少しばかり考えてしまった。
「ほんとにどうしたんすか? 体調悪いなら帰ってもらっても……」
「いや、大丈夫だ。ただ……お前の言葉が皮肉かどうか気になっただけだ」
「まー拓郎先輩は凡人ですから、皮肉になっちゃいますかねー」
「今日は残業する予定はなかったが、企画者がやる気らしいから残業申請しとくな」
「ちょっと残業は勘弁してくださいよー! さっきのことは謝りますからー」
 にやけながら手を合わせている正志を無視し、拓郎は自分のデスクに戻る。

 ……天才なんて存在しない。なぜそう言い切れるかって? だってあいつは……正志はずっと努力しているから。
 会社ではあんな態度をとることだってあるが、あいつは人の見えないところで人一倍努力している。企画の立案、実現可能か、そしてその企画が会社に、社会にどんな影響を与えるのか、それらを全て考え、努力し、全て完璧にしてから企画を提出している。
 これら全て含めて天才だと言うのならば、俺は天才になんてなりたくない。
 当たり前だろう、こんなに努力してるのに……こんなに毎日考えているのに、人に《天才》の二文字で片付けられてしまうのだから。
 でも、あいつは自分を天才だと言い張っている。
 それが周りによる皮肉なのか、それとも、“もう諦めて自分を天才だと言い聞かせているのか”。
 ただどちらにせよ、俺に出来ることはただ一つ、何も聞かずに褒めることだ。
 拓郎は、デスクに写った正志の企画書の協力者の欄に自分の名前が書いてあるのを見て、改めて気を引き締めようと決心した。

(了)