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小説・漫画原作講座
課題内容「同じ舞台、同じキャラクターで、《しっとりとした雰囲気》と《わちゃわちゃした雰囲気》の2パターン「告白シーン」を書く」
《わちゃわちゃした雰囲気》
『へし折れ! 死亡フラグ‼』著:かやの 伽耶

(前置き)
 友達とテストの点数で競い合っていた日野智博。負けた罰ゲームとして、友達が呼び出した女子に告白することになった。友達から指定された時間に学校の屋上へと向かい、智博は誰かも分からない女子を待つ。しばらくすると屋上にきれいな黒髪の美少女・水城凛がやってくる。

 錆びついた屋上の扉がぎいと音を立ててゆっくりと開く。
 ――来た! はてさてどんな子がやってくるのか。
 智博の心臓はバクバクと大きな音を立てる。すると扉の隙間からひょっこりとつやつやの黒髪がのぞいた。きっと彼女だ、俺は今日この子に告白しなくちゃいけないんだ。下を向いて胸の中心で手を何度も握る。
 覚悟を決めた智博はドアノブを回す天使へと声を裏返らせながら声をかけた。同時に顔も上げた。
「あっ、あの! おれっ……え?」
 瞬間、智博は固まった。身体も声帯もなにもかも動かせなくなった。
 ドアノブを回し屋上へと入ってきたのは水城凛だった。彼女は智博の学年では知らない人はいないというクールビューティーな高嶺の花である。聞くところによると三十人もの男子が彼女相手に告白して撃沈したとかなんとか。
 そして俺は今、その三十一人目に立候補しようとしているのである。非常に不本意ながら。
「なんですか?」
 氷河期よりも冷たいだろうトーンでぴしゃりと聞き返される智博は、凜のあまりの威圧感になにも言葉が出なかった。
 あんのバカヤローどもめ! 自分たちはリスク追わないからって俺に水城に告白しろってブッキングしたってことだろこれ⁉ 許すまじ。明日絶対しめる。
 智博が悪友に思いを馳せわなわなと震えていると凜が訝しげな視線で見てきた。嘘だとしても仮にもこれから告白するのに彼女の信頼を失うのは非常にいただけない。
 凜が口を開く。
「ていうか、あなた誰よ」
「あ、俺は日野智博、だけど」
「ふうん、日野くんね」
 凜は一言そういうとふいと明後日の方向を向いて智博は目も合わせてくれなかった。
 なんという難攻不落の女王。攻略難易度マックスの名は伊達じゃない。
「それで日野くん、なんであなたはここにいるのかしら」
「それは、まあ水城に言いたいことがあって」
「じゃあ待ち伏せでもしてたってこと? 悪趣味ね、あなた」
「え」
 なんだどういうことだ。水城はあいつらが呼んだんじゃないってことか? 水城が現れたタイミングもこうして水城と話してるのも全部偶然だとでも?
 ……まっさかー! そんな神タイミングなことあるわけない。もしそうだとしたらとんでもない奇跡だし、ダメ元だと思っている告白すら成功しそうな気さえする。
「まああなたが私のストーカーでもなんでも私にとっては関係ないのだけど」
「いや俺がストーカーだったとしたら関係大アリだろ」
「……ストーカーなの?」
「違うけどね⁉」
「まあ本当になんだっていいわよ。私、あなたへの興味なんてこれっぽっちもないし」
 凜は笑いもせず怒りもせず、何の感情もあらわにすることなく淡々とこぼしため息をついた。
 甘かった。
 智博は先ほど脳裏をよぎった奇跡的確率のことも相まって三十一人目にしてワンチャン成功するのではなどと思いこんでいたが、さすがは難攻不落。こちらの死亡フラグを立てることなど造作もないことらしい。ふっ、面白れぇ女。
「まあそう言わずにさ。本当にかけらも興味ない?」
「ええ。あなた自身にも……あなたがこれから言おうとしているセリフも。あなたが何と言おうと、私はもう心に決めてるの」
「え、あ、ああ……」
 溶けたい! 蒸発したい! そして消えてなくなってしまいたい‼
 死亡フラグの二本目が建築完了した瞬間だった。智博とて人の子である。ここまで面と面向かって『貴方はナシで』と言われたらメンタルブレイクどころではない。
「それじゃあね。もう会うこともないでしょう」
 痛烈な現実に放心状態の智博の横を凜が寂しいセリフとともに通りすぎる。
 そして凜は飛び降り防止用のフェンスとむかい合わせになった。
 ――ん、待て? それはおかしくない?
 あまりの違和感のある凜の行動に、ぐでんぐでん状態だった智博の意識がふっと浮上する。
 水城は俺に『もう会うことはない』って言っていた、気がする。いや確かにそう言った。
 それなのにアイツが進んだ方向は扉とは真逆のフェンス側だ。教室に帰るなりするならそのまま踵を返せばいいだけの話なのに、あまりにも不自然すぎる。
 ――なんで水城はああ言った? 
 まさかこの世からいなくなるからとか言わない、よな?
 ガッシャン‼
 智博が一つの違和感に直面した瞬間、後ろから、正確には凜の進んだであろう方向から異様な音が響き渡った。
 ガシャン、ガシャン‼
 そう、例えるならば悪ガキが乱暴にフェンスをよじ登るときのような……。っておいまさかアイツ本当に⁉
 智博がばっと振り返る。するとそこにはおしとやかとはほど遠い悪ガキの姿があった。相違点をあげるとするならば、今にも消えてなくなりそうなほど幸薄な雰囲気であることだ。
「ちょおっっっっとまったぁぁぁぁぁぁあ⁉」
 智博は陸上選手顔負けのスピードで凛に近づくと、彼女のブレザーを思いきり屋上側へ引っ張ってフェンスクライミングを強制中断させた。
「え、ちょ、きゃあ⁉」
 凜がけがしないように下敷きになるようにして地面に落ちる。
「おまっ……なにやってんの水城⁉」
「あなたこそ、なにしてくれてるのよ……!」
「バッカお前それはこっちのセリフ! その先はなんもねーっての‼ 死ぬ気か⁉」
「そうよ死ぬ気よ、分かってるなら邪魔しないでよね」
「邪魔するわバカ! 目の前で人が死のうとしてるのに見過ごせるかっての‼」
「ふん、余計なお世話よ。せっかく人が決心してたのに台無しにして。ヒーロー気取ってんじゃないわよ」
「別に気取ってねーよ! 気になる女を助けたいって思うのは当然のことだろ⁉」
「え」
 ……ちょっとっちょっとっちょっと何口走ってんの俺さん⁉
「え、あー、その……」
 いや確かにね、面白れぇ女とは思いましたよ、ええ、思いましたとも! でも今じゃなかっただろー! もーバカヤローがよーー‼ 
 でも結果的に水城を助けたからチャラ的な~……わけないよな。むしろ追加でやらかしたよなこれ。
 智博はずうんとうなだれ顔を手で押さえながら、指の隙間から凜の顔色をうかがった。
 するとどういうわけか凜は智博を見つめながら唇をわなわなと震わせていた。
 あれ? これもしかして好感触だったりするのか?
「日野くん、あなた今私のこと気になる女って、言ったわよね?」
「お、おう」
「それについて、詳しく教えてもらえるかしら」
「は、はひ……」
 拝啓、悪友たち。俺が今回収しようとしている死亡フラグは女王の命がかかっているようです。

(了)