フィールドワーク
『黒歴史(諸説あり)』著:象蔵
ぼくたちの空想活動は初めて学校から飛び出した。向かう先は決めてもらい、引っ張られるままだ。
東京国立博物館本館の地下一階、一通り展示品を見終えたぼくたちはソファーに腰をかけて休憩を取ることにした。人はほとんどおらず、人の多さに疲れたぼくたちにとってちょうど良い場所だった。
「無業さん、ショップで何を買ったの?」
「見返り美人ミクのポストカードとか。時乙女の分は買ってないぞ」
「へ~、コラボ商品買ったの?」
「別に良いでしょ。気に入ったのだから」
無業さんは頬を膨らませて不服そうだ。こんなことを言うぼくはゲームで偉人召喚しまくっているから、歴史の厳かがないだとか言う気なんてないけど。
「では始めよう! 最強決定戦を!」
「ここで来たか! 無業さんの妄想癖!」
学校内ならまだしも、こんな公共の場でそのテンションは正直恥ずかしい。しかし、純粋無垢に輝く無業さんの瞳を見てしまうと思わず語りたくなってしまう……!
「時乙女はこの本館で誰が一番強そうだったと思う?」
「あの千手観音の奴は強そうだと思うよ」
「『千手観音菩薩坐像』だね! うんうん、千手観音っていう属性だけで強そうだし、レイアウトとか光の当て具合とかでラスボス感漂っていたから納得だよ」
無業さんは少し考えるような様子を見せる。きっと、脳内で美術品によるバトルロワイアルを繰り広げ、最強を決めているのだろう。
「私が一番強いと導き出したのは『森の仙人』だ!」
「えっと、それってどんな美術品だっけ?」
「え~! 一緒に名前を確認したじゃん?」
そうなのか? まるでもって記憶にないから分からない。正確には美術品を見ている横で、無業さんが色々と喋りすぎていてどこの話をしているか分からないのだが。
「ごめん、もう一度教えてくれるかな?」
「森の仙人は、フードみたいなモノを被っていて、熱心に読物をしていた仙人の像だよ」
「あれか! フロアに入ってすぐのところにあったね」
たしかに、あの美術品も強者のオーラがあったな。千手観音とは別方向のベクトルで強そうだった。例えば、なんだかとんでもない魔法だか呪術を使いそうな雰囲気。でも、どちらかと言えば……
「同じフロアに『竹取翁』っていう美術品があったじゃない? それも強そうだったよね」
「何で? あれは喜んでいるだけの竹取翁じゃん」
「なんて言うか、邪悪な顔をしていると感じて、それがただ者ではない漢字を出していたよ」
「そういえば時乙女言っていたな。『このおじいさん、絶対裏がある』って」
確かに笑ってはいた。だけど、その笑顔がどこか恐かった。何が原因かと考えてみると、やっぱり目元だと思う。あの三日月みたいに細くなった目元が恐さを生み出し、妙に印象的になったと感じられる。
「ありがとう、私にはない着眼点だった」
「それは……どうも」
無業さんは真剣な態度で礼をする。一瞬分からなくなりそうだったけど、これって誰が強そうか妄想しているだけだよね? こんなに真面目になることなのか……
「これからも、私の友達としてアドバイスよろしく!」
無業さんは握手を求めてきた。無業さんの手に触れることへ躊躇を感じつつも、ぼくは握手を受け入れる。
無業さんの手は力強く握ってくるが柔らかさも同時に感じられる。無業さんのことは友達だと思っているけど、なんだかふわふわとした気持ちになってしまった。
「そ、そろそろ! 他の建物に行ってみようか!」
今まで意識しないようにしていた気持ちが湧き出し、思わず握った手を引っ込めてしまった。
「そうだね! 新たな強者を求め、平成館や東洋館にレッツゴー!」
ぼくの行動を特に気にせず、無業さんは立ち上がって歩き出す。置いて行かれまいとぼくはすぐに後を追いかける。
「お!?」
ふと目に付いたモノに目を奪われる。
「どうかした? 時乙女」
思わず出てしまった声に、階段を上ろうとしていた無業さんが反応をした。
こんなこと考えるなんてくだらないかもしれないけど、今はくだらないと思えるようなことを真剣に語り合う時間だ。
躊躇することなんてない。
「案外、こんな奴が最強だったりするのかなと思ってさ」
今日は使われる様子がない、『みどりのライオン』と記された部屋を指差す。指差した先にいるのはこの博物館のマスコットであるハニワのぬいぐるみ(巨大バージョン)だ。
使われていないため真っ暗な部屋の中で窓越しにあのハニワだけが佇んでいる光景はなかなかに印象的で、どことなく闇を感じさせる。
無業さんは階段を降り、間近でハニワを観察し始めた。傍目から見たら彫刻でも絵画でもないハニワのぬいぐるみを見つめているのは奇妙に映っているかもしれない。だけど、無業さんは気にすることなく自分の世界に入り込んでいる。
「なるほど、裏ボス的な素質があるかもしれないな」
無業さんはうなずき出した。どうやら、気に入ってもらえたようだ。
「時乙女も空想できるようになってきたね」
「無業さんのおかげかな」
「それじゃ、行こうか」
気を取り直して無業さんは階段を上り始めた。
きっとこれからも空想に満ちた無業さんに楽しませてもらえるだろう。今のぼくはそんなことを夢見てしまう。
(了)