澄み渡る青空。
雲ひとつない快晴。
観光地として知られる京都の、今日の天気がそれだった。
平日だというのに外国人や観光客の姿をよく見るのは、今が夏休みシーズンという理由もあるだろう。
しかし、必ずしも晴れの天気=心地の良い天気という訳ではない。
「……空が青いとか、夕焼け色の空とかがあったりするのは、太陽に含まれる複数の光の色の差によって違いが出るかららしいんだ」
黒ぶちのメガネをかけ、黒色のスーツを着た長身の青年海人(かいと)が、ハンカチで額の汗をぬぐいながら、隣に立つ少女……にしか見えない少年に向かって話しかける。
「……暑い」
しかし話しかけられた少年は海人の呼びかけには応じず、まるで服を着たまま水浴びでもしてきたのかというくらい、海人以上に服を汗で濡らしながら、小さく呟いた。
二人は今日、人類に仇をなす敵性存在〈クレード〉の反応が京都の二条城近辺から感知されたとして、〈クレード〉を管理する専門の機関であり彼らの所属している仙十崎学校の生徒会から調査と討伐の指令を受けて、肌が灼けるような、直射日光が降り注ぐ炎天下と呼ぶに相応しいこの日に、やってきていたのだ。
「聞いているのか、葉助」
再び汗をふき取りながら、今度は直接、少年――葉助に顔を向けて話しかける。
「えー? 何?」
話しかけられた葉助はというと、自分が着ているシャツの襟を掴み、パタパタと扇ぐことで涼を取り込もうとしている。
「……っ、こっちを見るな」
葉助はただ扇いでいるだけなのだが、男性は葉助の姿を視界に入れた途端、顔を赤くして目をそらした。
葉助を全く知らない他人が彼の姿を見れば、間違いなく女性だと判断するに違いない。
あどけなさが残った顔や、とても男性であるとは思えないほど小さくて華奢な身体。
葉助はそれに加え、腰まで届くほど長く、枝毛ひとつない、手入れの行き届いた美しい黒髪を持っている。
女装どころか美少女としてカテゴライズされても誰も文句を言わないであろう文句なしの美少年なのだが、海人が顔を背けた理由はそこにある。
「何だよ、話しかけたのはそっちだろ」
今度は葉助が海人の方を向く。
「……い、いや。すまないが、扇ぐのをやめてくれないか」
「何でだよ、暑いだろ」
葉助が身を乗り出して海人の顔を覗き込もうとしてくるが、葉助の今の姿を視界に入れてしまった海人は、さらに顔を赤らめてその場にうずくまる。
「う、団扇なら貸す! それで扇いでくれ!」
「おお、良いモン持ってんじゃんか」
葉助は海人が必死に顔をそらしながら差し出す団扇を受け取り、左手で裾を捲り上げて自身のお腹を扇ぐ。
「……全く、んん!?「
その様子を視界に入れてしまった海人は、即座に視界を自分の腕で覆う。
「お前は、もう少し恥じらいというものを持て!」
これまでの人生の中で、家族以外の女子と全く縁のなかった海人は、女性への耐性が極端にない。
それ故に、ただでさえ見た目が女子にしか見えない葉助が無防備な行動をするだけで、海人は目を背けてしまうのだ。
「ほぇ? 恥じらい?」
一方の葉助はというと、自分の格好を気にする素振りなど微塵も見せずに、さらに大胆な行動へ出た。
「あっつい」
そう言いながら、シャツを脱いだのだ。
「おまっ、チョらぼッ!?」
葉助の突然の奇行に、海人は動揺を隠せずに口から変な声を漏らしてしまう。
「……いや、暑いじゃん」
「そ、そういう問題ではない!」
両目を右手で覆いながら明後日の方向を向く海人と、上半身に身につけていた衣類を完全に脱ぎ捨てた葉助。
一見すると何かの美を表しているアート作品のようにも見えなくはないが、赤の他人にとっては、ただの変態が二人いるようにしか見えない。
そのままの状態で五分ほどかたまっていると、突然海人の背中を痛みと衝撃が襲った。
「った、……葉助?」
「……きゅう」
見れば、目を回した葉助が海人の背中の上でのびていた。
相も変わらず上半身は裸なので目を向けられない状態であるのには変わりないが、海人は思考を切り替えた。
葉助が気絶しているということは、何者かの攻撃を受けたということ。それはつまり、敵による攻撃。
「まさか――!」
懐から〈クレード〉討滅兵装である〈アルファリンクス〉を取り出し、構える海人。
海人の〈アルファリンクス〉は接近戦用の両手剣タイプで、特徴的なのが、一メートルを超える長さの刀身だ。
巨大さを生かした攻撃範囲の広さと破壊力がウリの武器で、それを構えるだけで相手に圧倒的な威圧感を与える。
しかし、当然のことだが、自分より強いものに対しては何の威圧感も与えられないが。
「おどれらは何をしとんじゃーッ!!」
「おぶっ!?」
突然視界に現れた回し蹴りが、海人の顔面を捉えて吹き飛ばす。
海人を吹き飛ばした張本人は葉助の亡骸(仮)を踏み台にしながら、海人を見下ろした。
「今まで行方をくらましていた事情説明をしてもらおうか」
……二人が任務をサボって遊んでいるのが、上司にバレた。