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 八月の夏休み、俺は大学のサークル仲間の辻と新庄と、京都へ二泊三日の旅行へ行った。旅行の予定は、一日目に伏見稲荷を見に行き、二日目は、太秦映画村で遊び、三日目は、京都駅でお土産を買って帰るという、予定だった。しかし、この予定は初日で、大きく狂うことになる。
 新幹線に乗り、昼過ぎに京都に着いた俺たちは、そのまま予約していたホテルにチェックインし、荷物を置いてから、伏見稲荷に向かった。
 電車に乗り、京都駅から稲荷駅へ行き、伏見稲荷の近くの料理屋で遅い昼飯を食べて、店を見て回り、伏見稲荷の中に入ったのは四時を過ぎたぐらいのことだった。
 俺たちは千本鳥居の写真を撮りながら進み、奥社奉拝所に着いた。そこには、おもかる石という、石を上げてそれが重いと感じるかか軽いと感じるかで、願いが叶うかを占う物があった。石は石で出来た灯篭の上にあり、石の大きさは、野球のボールより一回り大きい。おもかる石の 写真を撮ったあと、俺たちはやってみることにした。
 俺は自分が健康に生きられるよう願った。おもかる石は、思っているよりは軽く、上げることが出来て、次に新庄も石を上げることが出来た。最後に辻が石を上げようとした。だが、なぜか辻が上げようとしても、石は全く上がる気配がない。数分間、辻は間違いなく本気で上げようとしたが全く上がらなかった。俺は辻に、何を願おうとしたのかを聞いた。
「日本中の美女たちにモテモテになれるように願った」
 辻の話を聞いた俺は、そんな願いで石が上がるわけないだろ、と心の中で思った。新庄の顔を見ると、俺と同じような事を考えてるようだった。
「大島と新庄は先に行ってていいぞ。自分は石を上げたら急いで行くから」
 辻がこう言ったので、俺と新庄は二人で、先に進むことになった。山をゆっくり登って行き、頂上の一ノ峯に着いた時には、日が沈みかけていた。しかし、あとで来ると言っていた辻は、頂上に着くまでには来なかった。
「辻、まだやってんのかな?」
「さすがにないだろ」
 一ノ峯から帰る事を新庄が、辻に電話をしながら山を下りている。新庄が辻との電話が終わると、新庄があきれながら言った。
「辻、まだあそこにいるって言ってた」
 俺たちが奥社奉拝所に戻ると、外国人に写真を撮られながら、石を上げようとしている辻を見つけた。俺たちはすぐに辻を連れて伏見稲荷を出て、電車でホテルへ帰った。
 次の日、嵐山に行く予定を立てていたが、辻が昨日のリベンジがしたいと言い出し、また伏見稲荷に行く事になった。嵐山では天龍寺やボートに乗ったりする予定だったが、それは止めることになった。昨日と同じく奥社奉拝所に行き、辻はおもかる石を上げてるために頑張り、俺と新庄は、千本鳥居の裏に書かれている字を読み、暇をつぶした。
 昼になり、昨日と同じ料理屋で昼飯を食べた。
「辻、お前の願いじゃ多分無理だから、午後には映画村に行くぞ!」
 新庄が辻に少し怒りを込めて言った。
「ま、待って待って。俺もさすがに、もう昨日と同じ願いはしないよ」
「え、じゃあ願いはどうするの?」
 辻の言葉を聞いて、俺は辻に聞いてみた。
「今度は絶世の美女一人に告白されるよう願う!!」
 辻はそう言った。
 それを聞いた新庄はあきれたため息を出した。
 午後になり、辻と俺はまたおもかる石の所に行った。新庄はついていけないと一人で太秦映画村に行ってしまった。
 途中から俺も、おもかる石を上げる手伝いをした。しかし自分が一人でした時の何十倍もの重さを感じるおもかる石に、俺はこの石が、辻の願いを拒絶しているように感じた。
 数時間、おもかる石と格闘し疲れ、休憩していると、辻が俺に話始めた。
「ごめんな、大島。俺の我が儘に付き合わせて」
「いいよ別に。それにこれはこれでいい思い出になるよ」
 そう言うと、辻は顔を下に向けながら言った。
「もう諦めようと思ってるんだ」
「えっ!!」
「自分の我が儘で、大島の時間をこれ以上無駄にするのは・・・」
 その直後。
「まだ諦めんなよ」
 俺と辻は、声がした方を見ると、そこには新庄がいた。
「新庄、映画村に行ったんじゃなかったのか」
「一人で映画村に行っても、お前らのことが、気になって面白くなかったんだよ」
 俺が聞くと、新庄はぶっきらぼうに答えた。
「三人もいればなんとかなんだろ。さっさとやるぞ」
 それから俺たちは、夜暗くなるまで粘り、ついにおもかる石を上げることが出来た。おもかる石を上げた時は、俺たちは抱き合い、コンビニでお菓子や炭酸を買って、その晩盛り上がった。
 帰りの新幹線では、新庄と辻は、眠ってしまった。俺は、二人が寝ているのを見ながら、呟いた。
「おもかる石って重いと願い、叶わないんじゃなかったっけ」