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 神奈川県の鎌倉駅に一人の少年が物珍しそうに周りを見渡していた。
 頭には日よけ用の帽子を被り、背にはバッグを背負っている。根性と書かれた赤いTシャツとジーパンを着ており、テンションがかなり高そうだ。
「うわー。ここが鎌倉かー。おっ、あの神社に出てくる赤い門は!」
 少年の見る先には大きな赤い門がそびえ立っていて、その先には人が多く行き来しているようだった。
「じゃ、あっちいくか」
 簡単に決めると、思うがままに進んでいく。
 通りに出るとそこにはたくさんの観光客で溢れかえっていて、中には学生服を来た女子高校生の姿も見えた。やはり、ここは日本の良き観光地なのだろう、と少年は察した。
 少年はキョロキョロとしながら、笑顔で露天を見渡しいくと、ある店に目線を止めた。
「おっ、あれはわらび餅か。多分本場だったっけ? 忘れた。とりあえず買おう」
 わらび餅の店に意気揚々と向かうと「こんにちは~」と良い笑顔で店主に挨拶をした。
 店主はその挨拶に気が良くなったようで、笑顔で挨拶を交わす。
「兄ちゃん、その恰好、あんた観光客かい」
「おう、そうだ!」
「にしても珍しいね。あんた海外育ちかい?」
「うんにゃ、日本生まれ日本育ちの江戸っ子だ!」
「なら更に珍しい。あんたのようにハイテンションな男はそうはいないよ」
「知っているか? 江戸っ子は裸足で地面を走っているんだぜ?」
「なるほど、時代が違ったな。大和撫子なんて性に合わないか」
 はっはっは、とお互いに悪戯小僧のように笑い合う。
 まるでかつて再会した旧友のようであった。
「そういや、注文受け付けていなかったな。良い出会いをした礼だ。サービスしてやるよ」
「はっ。それはこっちのセリフだぜ。二倍で払ったら」
 店主は無料、少年は二倍。これでは話が平行線になってしまう。
「別にいがみ会う必要はねえか。間をとって定価だ。これでどうだ?」
「おう。それでいいぜ」
「よし来た」
 店主は少年にわらび餅を渡す。珍しいわらび餅の形で、櫛にわらび餅が刺してありそれを食べる形だ。少年はその物珍しさにさらに楽しくなった。
「ではおつりだな」
 店主は渡すついでお金をもう片方の手に握らせる。それは少年が払ったお金の全額。つまりは無料ってことだった。
 思わず少年は呆れたように店主を見つめる。
「頑固だな。おっさん」
「なめんな。それは歩きながら食える。さっさと鎌倉巡りへ行って来やがれ」
 少し顔を逸らした店主に向かってお礼を言うと、少年はお店から離れた。
 満足そうにしてわらび餅を齧る。
 特有の弾力があって、適度な甘さ、口の中で後味が出る淡いワラビの味。その全てが少年に美味しいという信号を送ってくる。
「こりゃあいいな。帰りもここに寄っていくか」
 齧りながら満足そうな表情で笑った。
 店を見ながらしばらく歩いていると、唐突に雑多な道が切れている。あっちからは車が何台も走っていて、急に東京の光景が思い出された。
「やれやれ。これじゃあ東京と変わらなく見えちまうな」
 ちょっとテンションが下がった少年。しかし、まだ探検する気のようであった。
「おっ、無くなった。なんか飲み物が買いたいな」
 わらび餅がなくなると、口の中には煩わしい甘い味が残る。それをお茶か何かで一掃したい気分だった。
 歩きながらなにかないかと見渡してみると、古式ゆかしい冷蔵機にペットボトルのお茶があるではないか。
 全盛期はコーラが入っていたのでは、という箱型の冷蔵機の中にはおーいお茶の緑茶などと、ほうじ茶などが入っている。
「じゃ、どれ買うかなー」
 結局選んだのは、オーソドックスな緑茶だ。しかも、かなり安く六百ml一本百十円。
 こういう老舗は人がいない代わりにこういうのがあるから面白い。
「さて、こっちに行った先には鶴岡八幡宮があるか」
 鶴岡八幡宮は鎌倉駅からも近い。まして、少年は最短ルートを行っている。ここから歩いて五分もかからないだろう。
「じゃ、行きますかー」
 再度テンションを上げて少年は鶴岡八幡宮に向かった。
「また大きな。……えーっと、卍? まあいいや」
 赤い大きな神社にもある門を通り過ぎると、そこは砂利が敷かれていて真ん中に道ができるように大きい意思を置かれた典型的な神社の姿があった。ただし、その道は少年も経験をしたことがないほど広く長い。
 目の前には二つの橋があり、真ん中の大きく反り返った石橋は柵が置いてあって、渡れなかった。両端の端は紅い塗装と金色の装飾があって業火そうだった。それを繋ぐようにして橋の下には川が流れている。今は濁っているが綺麗な場合が想像できるのだから、それだけで口元に笑みが出た。
「確か、真ん中の橋は神様が渡る橋だったんだっけか。そんで石畳の真ん中を歩いてはならない」
 確かこういう規則があったかと思うが、こういうのはほとんどの人間がやらないんだよな、と観光客たちを観察してみる。
 すると、意外なことに石畳の真ん中を行く人はいなかった。
 はて、少年のようにこういう規則を知っている人は少ないと思っていたが。
「あっ、そうか。真ん中いったらそりゃあ目立つよな。行きたくないか」
 日本人は恥ずかしがり屋で、極度に目立ちたがらない。
 神様も八百万といるわけだし、日本の神様も目立ちたがらないはずだ。
「よしお参りに行こう」
 少年は長い道を歩いて、長い階段に差し掛かる。その前には清い水があるとされる水場があって、それを少年は手で洗って、準備を整えた。
 階段を上り終えると、目の前に偉大な歴史を感じさせる。なにか神聖な建物があった。
 大きいが少年も見たことのある神社である。
 しかし、その神社からなにか力が感じられるのは錯覚だろうか。
 しばし見惚れていると、観光客が傍を通りかかりハッとして、前に歩き出した。
「えーっと。柏手を二回、一礼、柏手二回」
 お金を入れて、作法の通りにパンパンと柏手を打つ。
 これからなにかいいことがありますように。
 少年はそう念じると、なにか心が軽くなった気がして、思わず笑みが零れた。