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 始まりは唐突だった。
「亮、放課後、海に行くよ!」
 開口一番、俺のクラスに入ってきた幼馴染の春風美知留は、突拍子もなく俺に宣言してきた。
「もう九月の下旬なんだけど」
「わかってるよ」
「外寒いのわかってる?」
「もしかして、馬鹿にしてる?」
「逆に聞くけど、外が寒いのわかってて、なんで海に行こうと思ったの?」
「海に行きたい気分だったから!」
「うん、お前が馬鹿だってことはわかったよ」
 このように、美知留は思いついてきては、前触れもなく言ってくる時がある。大抵はどうでもいいことや、ネットニュースの話をしてくるのだが、今回のように何処かに連れていかれるのは稀だ。長期休みなら散々、連れまわされるが。
「それじゃ、学校が終わったら、下駄箱で待っててね!」
 そう言い残し、美知留は自分のクラスへ戻って行った。
「相変わらず唐突だね、春風さんは」
「もう慣れたよ」
 美知留が出ていったのと同時に、話しかけてきたのは、同じクラスの園崎信二、クラスで一番の常識人で、テニス部のエースと言われている。
 こいつの人柄なのか、俺のように話す相手が少ない人に、積極的に話しかける姿勢は、先生方や、他のクラスの人から好感を持たれているようだ。
 しかし、これだけ他人から認められている園崎でも、それ以上に学校中の支持を得ている人物がいる。
「おはよう、園崎君」
 噂をすれば何とやら、わざわざ俺たちの所まで来て、園崎だけに挨拶してきたのは、学級委員長の神嶋健、ルックスが良く、文武両道の彼は特に女子人気が高く、学校で一番の人気者だ。
 そんな彼に対し、園崎は少し怪訝そうな顔をした。
「……うん、おはよう」
 間があったが、園崎は挨拶を返した。今の流れでわかったが、どうやら園崎は、神嶋を余り良く思っていないらしい。そう思うのは無理もない、神嶋は少なからず、クラスメイトを贔屓している傾向があるのだ。さっき園崎に挨拶して、俺にだけ言わなかったのは、俺よりも園崎の方へ、印象を良く見せるためだろう。
 だが、それが許されるのは、人を見る目がない者だけだろう。園崎は神嶋のような人を贔屓する奴が嫌いなようだ。
「もうすぐ、テニス部は大会があるみたいだね。同じクラスの一員として、応援するよ」
「同じクラスの一員なら、この場にもう一人クラスメイトがいるのに、挨拶しないのはどういう了見かな」
 如何にも、自分は怒っています状態の園崎に、少し驚いた神嶋は、直ぐに笑顔に戻す。
「ああ、そうだったね。泰野君、おはよう」
「……ああ、はよ」
 何事もなかったかのように、挨拶をしてきた。普通なら、無視していたことに憤りを感じるのだが、ここで神嶋に文句を言っても、クラスの連中を味方に付けて、恰も俺が悪いように見せるだろう。だから、ここで反論しても意味はない。
「泰野君、あまり園崎君に迷惑をかけてはいけないよ」
「あ?」
 いきなりのお咎めに、思わず素が出てしまった。園崎に迷惑をかけているつもりなど、毛頭ない。件の園崎も何言ってんだこいつ? みたいな顔で、神嶋を見ていた。
「園崎君はテニス部のエースなんだ。君に構っていたら、試合前なのに集中力が切れてしまうだろう」
「いや、試合まで一ヵ月もあるのに、ずっと集中していたら逆に身体が持たんだろう……」
 的確な意見を述べたのだが、やはり神嶋は聞く耳を持たなかった。何でもかんでも、自分の都合が良い方へ、言葉を解釈する奴に何を言っても無駄だろう。
 園崎が否定の言葉を言い続けても、聞いちゃいない。
「兎も角、彼の邪魔だけはしないようにね」
「はいはい、邪魔はしませんよー」
 この面倒くさい状況から早く抜け出すため、適当に返事をした。満足したのか、神嶋はそれ以上は何も言わず、俺たちの前から立ち去って行った。
「ごめんね、泰野君。不快な思いをさせて……」
「別に、あいつの思い込みは、今に始まったことじゃねーだろ」
 何を今更と、俺は鼻で笑った。それでも申し訳なさそうに謝ってくる園崎に対し、もう直ぐ朝のHRが始まるからと、園崎を席に戻してから小さく溜息を吐いた。

 

「へー、私が出てった後にそんな事があったんだ」
 放課後、約束した通り、俺と美知留は海に来ていた。学校から一番近い、由比ガ浜は今の時期の所為か、あまり人がおらず、殆ど俺たちの貸し切り状態だった。
 時刻はまだ夕方の四時だが、日が沈むのが早くなっているため、もう辺りは暗くなり初めていた。部活動をしている連中は、まだ学校にいるだろうが、俺や美知留のような帰宅部は、学校に用がない場合、即刻下校しろと校則に定められている。学校から出た後は自由なので、とやかく言われはしない。
 沈んでいく夕日を見ながら、俺は隣に座っている美知留に、今朝の出来事を話した。美知留は相槌をしながら聞いてくれた。昔から、美知留は真面目に話している時は、静かに聞いてくれた。今朝の騒いでいる姿とは思えない。
「さて、そろそろ帰るか」
「そうだね、やっぱりちょっと寒かったよ」
「だから言っただろ」
 俺はズボンに付いた砂を払い立ち上がる。俺はポケットから財布を取り出し、自販機に向かった。後ろから俺を追って美知留もやって来た。
「ひどいよー、置いてくなんて」
「悪かった。ほら」
 俺は自販機で買った缶ジュースを美知留に投げ渡した。美知留は慌ててジュースをキャッチした。
「愚痴を聞いてくれたお礼だ」
「ふふっ、ありがと」
 そう言った美知留の顔は、眩しいくらいの満面の笑みを浮かべていた。