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 地震、雷、火事、親父。
 この親父の部分についてどう思うだろうか。
 私はかねがね、この親父こそが全ての元凶であるとの見解を示してきた。
 まず、かつて地の底に封印された巨大な親父が、地震を起こすのである。
 なぜ起こすかといえば、地底での生活にストレスがあるからなのだが、それは後述する。ともかく、彼が吠え、暴れまわると、地底と海底のプレートが動き、地震が生まれる。
 地震が起こると、主に家庭のガスコンロを火種とした火災が起こる。これが火事である。
 火事が起こるとどうなるか。消防車が呼ばれるのである。消防車は莫大な量の水を投じて、この火事を食い止める。
 そのとんでもない量の水は、火の熱を奪い、どこへゆくか。天である。蒸発した無量の水が、雨雲となって空に浮き、凍る。凍った水の粒同士がぶつかると、静電気が生じ、天と地に電位差を起こすのである。
 その結果、凄まじい大きさの電流が地に降るのが、雷だ。雷が降るとうるさいので親父のストレスになる。
 こうして、最初に戻るのである。
 このように、地震、雷、火事、親父とは、親父を元にどのような順序で災害が起こり、やがて親父へと帰結するか、それを示す標語なのである。
                          著:真鍋之(これ)空(から)
 
      〇
 
 私は『あなたの考えることわざ大賞』への応募をするため、右のような文章を書き終えたところであった。
 こういった適当な文章をそれらしく書く、というのは非常に筆が進むもので、私は締め切りまで一時間を前にしても平気の平左であった。
 締め切りの十五分前から書き始め、今、五分が経過したところである。残り十分。校正の不備なし。
 あとはこのファイルを保存して、ウェブ応募に投下するだけであった。
「俺はやっぱりこういう才能があるなあ」
 私は一人の部屋でつぶやいた。いったいどういう才能なのか。どこの局面で役に立つのか。そういったことを気にし始めると、無根拠の自信を持てなくなるのでいけない。
 人間はもっと自信を持つべきだ、と私は思う。
 その時であった。
「むっ!」
 作業机に載っていたコップが、ぐらぐらと揺れて倒れた。幸い中身は飲んでいたため、被害はない。
 だが、無論それでは留まらない。
 私が座る座布団、その上の尻、背後の書棚、食器棚、そういったものの悉くが、揺れ始めていた。
 ――地震だ!
「けやっ!」
 私は絶叫した。地底に潜む親父の祟りだと思ったのである。もしそうであれば、地震の引き起こすものは、火事だ。
 ガスの元栓は閉めているため、問題はない。私は咥えていたタバコを灰皿に押し付け、消火した。
 揺れる尻。食器棚に、中の陶器が内側から激突する音が響いていた。相当に強い地震であり、迂闊に立ち上がれない。部屋の中を不燃ゴミのポリ袋が転げまわった。
 これほど強い揺れだと、窓やドアの枠が歪み、外に出られない可能性もある。そう思ったが、こんな安アパートの壁の一枚や二枚はいつでも破ればいいので、私は作業机の下に隠れた。
 私から逃げるようにして、机が床を滑る。
 灰皿が落ちて床を汚した。
 私はもはや死んだような気分になって、座布団を頭に乗せつつ、机の脚を掴み続けた。
『火事だあっ!』
 そう遠くない場所で、そんな声が聞こえた。火事!? 私が蒸し焼きになったらどうするつもりなのか。
 こんな状況では、とても消防車も呼べない。地震に晒されながら火の手まで迫れば、終わりだ。
 助けてくれ! と、そう叫んだ。
 ガツン!
 何かが、ベランダの窓に叩きつけられる。亀裂が走る音がした。
 石か何かか!?
 実家で、台風によって吹き飛んだ鉢植えが、窓を突き破った事件をふと思い出す。思い出して、パニックになった。
「た、助けて! 誰かっ、こ、こっ、殺される!」
 ガツン!
 より強い衝撃で、窓が叩かれる。ぴしり、と裂けめの広がる音までがはっきりと聞こえていた。
「うわあっ!」
 ガツン!
『おい!』
 激突する音に加えて、野太い男の声が聞こえていた。こんな時に私に用がある者と言えば、死神である。
 私はこれまでの不摂生、および利己的な人生を呪った。もっと真人間に生きておれば、こんな事には。
『おい!』
 窓が割れた。台風の折、インターネットの情報を鵜呑みにし、米の字に張り巡らせた養生テープが、裂ける。
「生かしてくれえっ!」
「おい、早く出ろ、下の階で火事だぞ」
「へ」
 唐突にはっきりと聞こえた声に、私は机下から窓を仰ぎ見た。
 窓の向こうに影がある。巨漢である。
 巨漢は、ぶち破った窓の穴から手を突き入れ、養生テープをバリバリと引き裂いているのであった。
「その声は尾高か!」
「応」
 とんでもない犯罪者かと思われた漢は、尾高翔――私の無二の友人であった。
 彼は日常的に、私のベランダを出入りしているのである。
 揺れが弱まり、私が座布団を手に机を抜け出した時には、尾高は窓のクレセント錠を解錠していた。
「行くぞ!」
 我々は姿勢を低くし、腕で鼻と口を抑えた。
 そして、隣室を隔てる仕切り板を二人で蹴破り、そこの非常用梯子でアパートを脱出したのであった。
 サイレンの音を聞きながら、なるべく遠くに逃げた我々は、私の部屋の直下で燃える炎を見た。もうもうと煙が立ち込め、私の部屋がどうなっているのか、もはや見えない。
「危ないところだった、ありがとう」
「いいって事だ」
 数分後、駆け付けた消防によって火災は止まった。
 私の部屋は、煙の臭いが籠ってしまい、専門の消臭業者を呼ばねばならぬほどであったが、なんとか家財は無事であった。
 迅速な被害により、私は難を逃れたのである。いずれ一人であっても、同様の事態に対処せねばならない。私はそう肝に銘じた。
『あなたの考えることわざ大賞』の行方は、誰も知らない。