初めて刀というものを見たときに僕は一目惚れのような、生まれてこの方好きな人に出会ったことがないのでなんとも言えないが、そんな衝撃を受けた。自分の語彙力では到底表せないほど、素晴らしい、美しいの言葉しか出なかったのはこれが初めてだ。
僕は友人から貰った「東京国立博物館入場半額チケット」を手に持ちながら上野駅に降りた。平日でありながらも観光客や何処かの小学生の団体、この辺に住んでいるのか働いているのか、サラリーマンや主婦らしき人達が喫茶店でお茶を飲んでいたりと、とにかく人が多かった。たまたま大学で受けている授業がなかった今日、一人で人生初の博物館にやってきたのだ。本当はここにいるのは友人のはずだが、その友人は今日予定が埋まっており、博物館なんて行ったことがないと伝えると「博物館はマジで行ったほうがいいぞ。あ、ここの国立博物館は結構広いから見どころが沢山ある。今ミイラ展やってるけどそれまた別料金だけどさ、せっかくなら行ってみたらどうだ?」と笑いながら肩を叩かれた。そんな訳で、僕は一人でここ、東京国立博物館にやってきたのだ。
チケットを購入して敷地内に入る。外から見て思ったが、中庭らしき場所はとても広かった。ゴミが落ちていない敷地内に謎の感動を味わいしつつ、目の前の白く大きな建物に入った。中は一昔前のヨーロッパみたいな構造になっており、目の前には二階へ続く大きな階段。左を見るとショップがあり、右を見ると遠くから見える展示物が見えた。取り敢えず地図を見ると、各部屋事に武士やらなんやらの展示物があるらしい。僕は右からゆっくりと歩いた。
絵画、書跡、彫刻、工芸、考古など、重要文化財とか国宝の文字を見て、ただただじっと見つめた。日本絵などは義務教育の教科書で見たことがあったが、実物を見るととても細かい。よく筆でそんなに細かく描けたなと、何目線かわからない感想が出た。正直何が書いてあるか理解できない巻物、昔実際に着ていたであろう着物、金粉を使ったのかキラキラと細かく装飾された壺、思わず拝みたくなる彫刻を見て、僕は一つの展示物に目を奪われた。それが冒頭でも記した、刀である。
ライトで照らされているせいか、刀の刃に光が反射されており、きちんと管理しているんだなと今更な感想を思いつつ説明文を読む。
『重要文化財 太刀 長船光忠』
「……おさふね」
小さな声で呟いてしまったので周りを見渡す。幸い僕の周りには人がいなく、他の人はそれぞれの展示物に関心しているようなので誰も気にしていなかった。視線を説明文に戻してじっくり読む。鎌倉時代の刀工の作品らしく、事実鎌倉時代からあるのだと思うと、改めて刀を見つめる。とてもじゃないがそんな昔からある物だと思えなくて、この刀で実際に人を切っていたのかと思うと、なんともいえない感情がふつふつと出てきた。カメラ禁止ではなかったので、スマホで撮って見る。やはり実物を見ると写真は霞んで見えるが、それはしょうがない。一眼レフ買おうかと思いつつ刀の説明文も撮っておく。
小さくため息をしつつ、また改めて刀を見つめる。刃の模様、曲線、刃の美しさを見て別の展示物を見る。今度は打刀のようだ。この打刀には刀をしまう鞘も一緒に展示してあった。じっくり刀を見つめて、パシャリ、パシャリとスマホで写真を撮る。打刀の次は短刀、脇差、別の太刀、脇差、そして槍と薙刀。僕はこの短時間で刀という刃に魅了されてしまった。まだずっと見ていたいが、初めて来たので他の展示物を見に向かった。
一通り見終わり、一階のショップにて刀についての本を数冊買った。どっさりと刀の本を店員さんに出したら、店員さんは少し目を見開きながら本のバーコードをスキャンしていく。
「刀、お好きなんですか?」
「え……まぁ、これから、知っておこうかな、と」
人当たりが良さそうな店員さんは「良いですね」と言いながらスキャンし終わり、合計金額を言う。財布から一万出してお釣りを渡される。
「前は刀の中で最も美しいと言われている天下五剣の三日月宗近があったんですよ。特別展示なので、今はないのですが、もしまた展示するようでしたら一度見てみると良いですよ。あの刀は素人目から見ても、本当に美しいですから」
「天下五剣……三日月宗近。ご親切に教えて下さりありがとうございます。色々調べてから、また来ようと思います」
「はい、またのご来店お待ちしております」
本が入った袋を受け取り、僕はショップから出た。一旦建物から出てパンフレットを取り出す。さて、次は何処へ行こうか。
その日の夜。僕は半額チケットをくれた友人に電話をかけた。友人はもう用事を済ませていたのか、今は家にいるらしい。
「よぉ、人生初の博物館はどうだったよ。最高だろ?」
「あぁ、とても素晴らしかった」
最寄り駅から自宅へ歩きながら、博物館にいた時の記憶を遡る。声からして大満足したと感じた友人は、ケラケラと笑いながらジュージューと背後で何かを焼いている。恐らく夕飯を作っているのだろう。
「何、気にいったものでもあったか?」
「あぁ」
「お、日本絵とか?」
「いや、刀だ」
「刀を選ぶとは、お前いいセンスしてるよ」
よっ、ほっ、と言いながら友人はガサゴソと物音を立てる。
「お前、今度大学の短期で刀の歴史の授業があるんだ。せっかくなら一緒に受けないか?」
友人からの魅力的な誘いで、僕はまだ外にいるのにも関わらず、人目なんか気にしないで食い気味に「行く!絶対に受ける!」と大声で言ってしまった。これには友人も「うるせーよ」と笑いながら呆れていた。
「因みに、俺の推し刀工は粟田口だからな」
「推しとかあるのか……」
適当に電話を切り、自分が住んでいるアパートに着いた。ガサゴソと本が入った袋と、途中のスーパーで買った袋がぶつかり合って音を立てながら階段を登る。玄関を開けて、食料を冷蔵庫に適当に入れたら、早速袋から一冊の本を取り出した。さて、一体刀とはどういうものだろうか。腹が減っているのにも関わらず、僕の頭は刀の事で一杯だった。