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 木村沙奈(きむら さな)と寺田清弥(てらだ せいや)は、高校二年生の冬休みを使って、東京国立博物館に来ていた。二人の家は近く、さらに保育園から高校まで同じで、長い付き合いだ。
 
 上野駅から徒歩十分、東京国立博物館に着くと、
「庭園から、見ますかー」
 と、清弥は提案した。
「えー。寒いから、早く入ろうよ」
「でも、庭園みたい」
「あとでね、後で」
「そう言って、行かないつもりだろ」
 沙奈は何も答えずに建物の入り口に進んだ。
「なら、別行動だな」
 清弥は庭園がある方に進んでいく。清弥の意志は強く、沙奈の事など気にしなかったが、沙奈は清弥の事が気になり、仕方がなく清弥のいる所について行った。
「結局来たのか」
「最初から別行動は違うなって思って」
「あっ、鳥」
 清弥は沙奈の言葉など聞かずに、庭園に夢中だった。
「鳥なんか、どこにでもいるでしょ」
「いやいや、あれは珍しい」
「そうなの?」
 沙奈は庭園の良さが分からないまま、ただ清弥の後をついて行った。寒いから室内に行こうと沙奈は五回以上言ったが、清弥は一切聞かずに庭園の植物などを堪能した。三十分ほど経って、やっと清弥は満足したのか、本館の入り口に向かう。

 刀や兜が展示されているコーナーにつくと、沙奈のテンションが上がる。沙奈は歴史が好きで、中でも戦国時代が好きだった。
「沙奈、行くよ」
「えー」
 沙奈は日本刀に釘付けだった。
「行くよ」
「ちょっと、待って」
 沙奈を置いて、清弥はすたすたと先に進んで行く。

 次の場所に行くと、先程とは真逆の状況になった。
「いつまで見てるの?」
 沙奈は呆れながら、清弥に聞く。
「気が済むまで」
 清弥は絵巻に夢中だった。
「置いてくよー」 
 沙奈はそう言って、先に進む。
 お互いに興味があるものが違うので、一緒に並んで展示物を見ていたと思ったら、また離れての繰り返しだった。しかし、お互いがお互いに妥協し合っていたので、目が届かなくなるほどは離れなかった。

 展示スペースの間にある空間。そこからは中庭が見えた。椅子があって、清弥は腰を掛ける。
「ちょっと休憩」
「何してるの清弥、行くよ」
 沙奈は清弥の腕を引っ張る。
「休憩だって」
「そんな疲れることしてないでしょ」
「いや、足とか疲れたし」
「もー」
 沙奈は少し怒った様子で、清弥を置いて次の場所に向かった。そこは彫刻の展示スペースだ。最初に目に付いた作品を見ていると、
「これ、面白い顔してるな」
 後ろから清弥の声が聞こえて、沙奈は振り返る。
「休憩しているんじゃなかったの?」
「終わった」
「そっか」
 すぐに清弥が来てくれた事が、沙奈は嬉しかった。清弥に表情が見られたくなかった沙奈は作品に視線を戻した。
 全ての展示が見終わると、二人はお土産売り場に足を運んだ。そこにはユニークなものがたくさんあった。絵巻を使ったクリアファイルやシール。はにわが、可愛らしいキャラとして描かれたラバーストラップやピンバッチも売られており、清弥は心を奪われた。
「沙奈、これすごいぞ。見返り美人図がファイルになってる。いつでも持ち歩ける」
 清弥が目を輝かせ、沙奈に話をかける。沙奈の返事がなく、不思議に思った清弥は辺りを見渡した。沙奈はいなかったが、違うコーナーを見ているものだと思って、清弥は再びお土産を見て歩いた。
 買い物が終わり、二人は出口に向かう途中。
「トイレ行っていい?」
 清弥は、お手洗いの看板を指差しながら聞く。
「いいよ」
「沙奈も行く?」
「私はさっき行ったからいい」
「行く時間あった?」
 清弥は首を傾げる。沙奈と別行動をした覚えはなかった。
「清弥がお土産を選んでる時」
「あっ、あの時いなかったのはそういうことだったのか」
「そうだよ」
 沙奈の言い方が怒って聞こえたのか、清弥は眉間にしわを寄せた。
「悪かったね」
「何が?」
「なんでもない」
 清弥が怒った口調で、出口とは真逆の方向に進む。
「突然どうしたの?」
 沙奈は清弥が何で怒っているのか分からず、慌てた。
「なんでもないって」
「じゃ、どこに行くの?」
「トイレ」
「あっ、そうか」
 沙奈はトイレの前にあるソファに座って、清弥の事を待った。清弥はトイレから出てくると、誤りながら沙奈の隣に座った。
「ごめんね」
「大丈夫。私もごめん」
「昔から、気が合わないよね」
「そうだね」
 沙奈は俯きながら答えた。
「喧嘩ばっかり」
「うん……」
「なのに沙奈は僕の事を誘う。動物園に水族館、映画も一緒に行った。沙奈は友達が多いいから、僕と行く必要ないのに、どうして?」
 清弥は下を向く沙奈の顔を覗いた。沙奈は驚きながら、顔を上げる。
「ねぇ、どうして?」
 清弥がもう一度問う。
「それは……、清弥のことがす……」
 沙奈は顔を赤らめながら何か言おうとしたが、途中で言葉を止めた。
「僕のこと? もしかして、幼馴染だから? 友達が少ないから気を使ってくれているの?」
 沙奈が顔を赤くしている理由や何を言おうとしているのかが、清弥には全く分からなかった。
「違うよ。ばか」
 清弥のまっすぐな瞳を見て、笑う。
「えっ?」
「行くよ」 
 沙奈は立ち上がり、出口に向かって歩いていく。
「うん」
 清弥はその後について行く。