ゲームシナリオ・ボイスドラマ制作
『桜の花を見るたび何度でも思い出すだろう』 著:蜜依 いつみ
登場人物:
●釧路 夏樹(くしろ なつき)
大卒二十五歳女子。社会人四年目のしがないOL。
高校時代は演劇部に所属しており、真尋は一学年下の後輩。部活においては主役を演じること多々。高校卒業後大学の演劇学科に進学したがスランプに陥り、大学を出た後は一般企業に就職した。
●浪浦 真尋(なみうら まひろ)
専門卒二十四歳女子。社会人五年目。服飾系の専門学校を卒業しアパレルブランドのデザイナー見習いとして仕事をしている。
高校時代は演劇部に所属しており、夏樹は一学年上の先輩。部活においては衣装係を務めていた。
入社後長らくデザイナーの弟子として働いていたが、五年目にして漸く自分のデザインした服が発売される運びとなった。
本文
○春の公園(昼)
SE 鳥の鳴き声、木々のざわざわする音など公園っぽい環境音
真尋「夏樹先輩?」
夏樹「うーん……」
真尋「先輩、先輩? 起きてくださいってばー」
夏樹「ん……うわっ、ま、真尋? 何? 夢?」
真尋「やだなぁ、寝ぼけちゃって。現実ですよ」
夏樹「えっと、ごめん……突然だったから、状況が呑み込めなくて」
真尋「……ま、無理もないか。先輩が高校卒業して以来、全然会えてなかったですもんね。起こしちゃってすみません。お久しぶりです、夏樹先輩」
夏樹「うん……久しぶり……」
真尋「んで、先輩はこんなところで何してたんですか?」
夏樹「会社、お昼休みだから――ご飯食べて、ここでぼーっとしてただけだよ。真尋は?」
真尋「私は……仕事でたまたまこの辺に来る用事があって、ついでに桜でも見て行こうかなと思っただけです」
夏樹「なるほど」
真尋「……あの、先輩今時間大丈夫ですか? もし余裕があるなら、話ついでに桜並木まで案内してほしいなって」
夏樹「うん。全然大丈夫。ちょっと歩くけどいいかな」
真尋「はい。元よりそのつもりでしたから」
SE 足音二つ
夏樹「にしても、ほんと久しぶりだねぇ。卒業以来だから、七年ぶりくらい? 覚えてる? 真尋ったら卒業式の日、目真っ赤にして泣いちゃってさ」
真尋「あー! あー! その話は忘れてください!」
夏樹「あはは、なつかしいなぁ。演劇部のみんな、元気してるかなぁ」
真尋「連絡とってないんですか?」
夏樹「うん、大学上がって暫くしたくらいから、あんまり話さなくなっちゃって」
真尋「あぁ……。私と先輩も、そんな感じでしたもんね」
夏樹「そうだよね、真尋ったらあんなに私にべったりだったのにさー」
真尋「忙しいかなって、遠慮しちゃって」
夏樹「あれ、もっと厚かましいキャラじゃなかったっけ? 真尋って」
真尋「もー……。そうだ、夏樹先輩。先輩は今何してるんですか? 演劇、まだ続けてます?」
夏樹「いや、もうやってないよ。全然」
真尋「え、先輩、演劇系の大学に入ったんじゃありませんでしたっけ」
夏樹「んー、入ったんだけど、なんかうまくいかなくってさ。結局、普通の会社で普通のOLやってるよ」
真尋「そうだったんですか……」
夏樹「……なんで真尋がそんな落ち込むのさ」
真尋「だって、先輩、あんなに演技が上手で、主役もいっぱいやって、それなのに……」
夏樹「(さえぎるように)あー、ごめん。ごめんね真尋。私から聞いといてあれだけど、でも、もうやめちゃったからさ」
真尋「…………すみません」
夏樹「いいよ。もういいの。……そう、真尋は? 高校の時は確か、服のデザイナーになりたいって言ってなかったっけ」
真尋「はい。……私、あの後服飾系の専門学校に進んだんです。それで、卒業後今の会社に入って――五年頑張って、やっと。先輩、私がデザインした服、今年の夏服のコンペ通ったんですよ」
夏樹「えっ? すごい。すごいよ真尋。夢、ほんとに叶えちゃったんだ」
真尋「はい。ちゃんと叶えました。……私、約束、ちゃんと守ったんですよ」
夏樹「え……?」
SE 風で木がざわつく音
真尋「『今、この瞬間、こんなにも強く願っているのに、それでもいつかは、この夢すら忘れてしまうのかしら』」
夏樹「真尋? 何言って――」
真尋「『今、この瞬間、こんなにも強く願っているのに、それでもいつかは、この夢すら忘れてしまうのかしら』――っ」
夏樹「あ。……(深く息を吸って)」
夏樹「『たとえ忘れても、桜の花を見るたび何度でも思い出すだろう』」
真尋「『そうね。だって、こんなにも綺麗だもの』」
夏樹「……よく覚えてたね。卒業公演の演目だっけ、この台詞」
真尋「思い出したんですよ。ほら、桜並木があんなに綺麗ですから」
夏樹「…………約束、してたね。卒業公演の後、今みたいに桜の下でさ。将来私が役者になったら、真尋に衣装を作ってもらうんだって。演劇部時代のあの頃みたいに」
真尋「やっと思い出しましたか」
夏樹「うん。桜がこんなにも綺麗だから」
真尋「……先輩、もう一回。もう一回だけ演劇やりませんか? それで、今度こそ先輩が舞台に上がって、私が先輩の衣装を仕立てるんです」
夏樹「…………」
真尋「先輩」
夏樹「私ね、演劇やめてから、どこか空っぽだったの。それは、ただ燃え尽きてるだけだってずっと思い込んでた。でも違った。真尋に会って、桜見て、私、ちゃんと思い出したよ」
真尋「もう、忘れませんか?」
夏樹「もし忘れたとしても、桜の花を見るたび何度でも思い出す、よ」
〈終〉