読書設定

文字サイズ

背景色

フォント

方向

基礎文章作法
『胸すく亭午』 著:川島 優衣

 

 ベランダに流れた生温い風が、紫煙を下町に流していく。何の予定もない平日の昼間、考え事から逃げるために頭を空にして煙草を吹かしていた。
 起きたのはほんの数分前のことだ。ベランダのすぐ隣にある、本来テレビ台ではない箱に置かれた小型テレビをつけてみると、昼のバラエティが丁度放送を始めた頃合いだった。
 それを、スタジオに集い番組を盛り上げようとするタレント達を見るなり急に虚しくなってしまって、このザマである。
 畳に直置きした灰皿に先の短い煙草を擦りつけてから、四つん這いでベランダから退いてまだ温もりのある布団に腰を下ろした。真正面から入ってくる僅かな陽光が、胡坐をかいてだらしなく折れる膝元を照らす。
 長らく着古してゆるくなった、黒のノースリーブから覗いた左胸のタトゥーが俺に慰みを与えた。まだ肺に燻る息苦しさも、心地がいい。
 ベランダの窓から外気を取り込んでも尚涼しくならない六畳間に、扇風機の羽音だけが無機質に響いていた。

〈終〉