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テーマ「葬儀」
『あの日のしをり』著:胡桃一希

 僕が高校入学を控えた春。曾祖父が亡くなった。
 御年九十二歳だったらしい。
 僕が小学校の高学年に上がる頃には、曾祖父は認知症を発症し施設に入っていた。
 だから、小さい頃ほんの少し話したことがあるくらいでこれといって接点はない。
 ただ、母さんが恩知らずだの、人情がないだのうるさかったので、とりあえず葬式にはでることにした。
 しかし、僕の読みは甘かった。長い葬式がやっと終わったかと思えば、今度は『精進落とし』とかいう会食が始まるのだ。
 こんな時くらいしか顔を合わせない親族と話す気にもなれず、僕は母さんの目を盗んで、会食が開かれる畳の部屋から抜け出した。

 葬式の会場になっている曾祖父の家は、庭に縁側があるような純和風の造りで尚且つ広い。
 僕は適当に時間を潰すため、人がいる所を避けながら家の中を探索した。
 といっても、家主が住まなくなってからしばらく経っているからか、どこの部屋も和室に畳が綺麗に貼られているくらいで、家具も数える程度しか置かれていなかった。
 しいて言うなら、違う部屋に足を踏み入れる度、畳や障子の匂いが鼻を掠めては、どこか懐かしい気持ちになるくらいで、特に収穫はない。
 そんなことを繰り返しているうち、僕は初めて書斎らしき部屋にぶち当たった。
 そこにはびっしり本が詰まって天井まで届くくらい大きな本棚が三つ、部屋の入り口を囲むように立っていた。
 そのせいか、書斎全体も他の部屋より少し狭く感じる。
 初めて曾祖父のいた痕跡を見つけた気がした僕は、好奇心に駆られるまま部屋の中へ足を踏みいれた。その時、
「おや? めずらしい」
 声のする方を見ると、入り口沿いの本棚と本棚の間に、僕と同い年くらいのひとりの少年が立っていた。
 ここにいるということは、彼も親族なのだろう。
 さらさらの黒髪に、優しい目元。薄い唇に白い肌。とても儚い印象を与える少年だと思った。
 染みひとつない真っ白なブラウスが、彼の繊細なイメージを際立たせているようにも感じる。
「君も、抜け出してきたのかい?」
「う、うん」
 物腰柔らかい少年の声に、僕は畳や障子の匂いに似たような懐かしさを感じた。

(了)