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テーマ「暗号」
『脱・平凡な日常⁉︎』著:ナナコ

「人気ストリーマー監修のリアル脱出ゲーム?」
「そう、先週行ってきたんだけど解けなかった暗号があってさ。佐藤ってゲームとか好きじゃん? だからわかるかなーって」
 学生にとってとても憂鬱な月曜日。教室に着いたばかりの僕に声をかけたのは、オタクにも話しかけてくれるタイプの陽キャ、折田だった。
 僕が自分の席に座ると折田はスマホを隠し持ち隣の机の椅子を引っ張り隣に座った。
 少し前によく見ている配信者が脱出ゲームのイベントに出るという告知を見た気がする。少し気になっていたが、一人でそういうイベントに行くのは怖いし、一緒に行ける友人とかもいないから、と諦めたんだっけ。
 折田はそういうイベントにも行くんだな、と考えていると僕のカバンで隠すようにスマホを出し、そのイベントの時に撮ったと思われる写真を見せてきた。
 文章の書かれたカードと脱出ゲームの地図らしきカードの写真。文章の文末には見覚えのあるマークが書かれていて、やっぱりあの人のイベントだったかと納得した。
「折田もこの配信者知ってんの?」
「いや、知らない。たまたま遊びに行ったらあったからやってみるかーってなっただけ」
「あー、なるほどね」
 もし見ているなら配信者の話とかできたかなと思ったが言うのはやめておいた。天下の陽キャ様と今話しているだけでもすごいことなんだ、と普段教室の隅で話している奴らの顔を思い浮かべてドヤ顔をする。
「佐藤は知ってんの?」
「あーうん、PCゲーム上手いからよく見てる」
「へー、俺ゲームとかスマホでしかやんないからわかんねーわ」
 逆に折田がFPSとかPCでやっていたらこっちがびっくりするけど。
 これ以上は話を広げるのは無理だろうと、スマホの写真に集中する。

 常人と廃人がダンジョンへ
 「Sの方向へ」という言葉に二人は同じ方向へ向かうが
 「Wの方向へ」という言葉で二人は別れる
 常人の向かう先は闇のみで廃人の向かう先で宝を見つける

 と書かれたカードと地図には下の方に南と書かれていた。
「なんか、途中の暗号を解いてアイテムを集めるってやつなんだけど、一緒に行ったやつもわからなくて間違った扉入って失格になったんだよな」
 折田の説明によると、脱出に必要なアイテムを全て集められれば脱出できるシステムで途中に間違ったルートを通ると失格になってしまうらしい。
 この写真の暗号が出てきた場所は正面と左右に扉があり、折田たちはWの方向という言葉に従って西、左の扉を選んで失格になってしまったという。
 最初は僕もWなら西かな、と思ったがそうではないらしい。
 ちなみに、他の部屋の暗号でも同じような方角を示す暗号があったらしいが、その時はちゃんと正解することができたという。
「僕もわかんないかも」
「えー、お前でも無理か」
 写真を見ても何も思いつかないなと諦めた時だった、
「そういやこの変な顔のマークがあったのこれだけだったな」
 と折田がつぶやいた。
「そうなの?」
「おう、変な顔だなって思って写真撮ったんだよ。他のときは見てねーはず」
 そう言って、写真の配信者のトレードマークを拡大して見せた。
「……わかったかも」
「は? まじ?」
 僕の好きな配信者は、PCゲームを主にプレイしている。一日の配信時間は平均十時間以上で、ネトゲ廃人と言われるほどゲームをしている人だ。
 他の暗号のカードには書かれていなかったということは、この暗号はあの人に関わりがあるということだろう。だとしたら廃人というのは、おそらくあの配信者のことだ。
 PCゲームでは大体、キーボードのWASDでキャラクターを左右前後に動かすことができる。Wは前、Aは左、Sは後ろ、Dは右という感じだ。
 常人と廃人がSの時は同じ方向に進んだのは、廃人にとってのSも常人にとってのSも、両方地図で表すと同じ下の方向になるからだろう。
 しかし、Wは常人にとっては西、地図で表すと左になるが、廃人にとってのWは前になる。だから常人と廃人は道を別れることになったのだと思う。
 つまり、正解は廃人が進んだ方向、正面の扉になる。
 それを折田に伝えると、はぁ、と気の抜けた返事をした。
「そんなん、わかんねーって。パソコンでゲームとかしなことないし」
「まぁ、それが正解かはわかんないけどね」
 それがあってるかはそのイベントに参加しなくちゃわからないだろう。少し気になるが、一人で行く勇気はないから謎のままだろう。掲示板とかで探せば答えは見つかるはずだし、今度調べてみるか。
「それあってるか、放課後行ってみね?」
 と、スマホをポケットにしまいながら言う折田の言葉に、僕は一瞬理解ができなかった。放課後に? 僕が陽キャの折田と? 遊ぶってこと??
「ん? 放課後なんかあんの?」
「い、いや、ないけど」
「んじゃ、いいじゃん、佐藤も答え気になるだろ?」
「まぁ、うん」
 じゃ決まりな、と僕の方を叩きながら言う折田を、僕は今年一間抜けな顔で見ているかもしれない。それくらい衝撃なことだ。
 シンプルに嬉しい、ちょっと怖いけどあの折田と放課後に遊ぶ約束しているとか……放課後のことを考えるだけで少し顔がニヤけてしまいそうだった。
 裏切り者、と折田が離れたのと同時にやってきたオタク友達が呟いて、僕はドヤ顔をしてやった。

(了)