描写技術
テーマ「入院している自分の大切な人を案ずるシーン」
『責任の取り方』著:えん
――俺のせいだ。
そんな言葉が、頭の中を延々と空回っている。
いつの間にか、病院の個室には日光が差し込んでいた。医療器具の他には、入り口付近に一つの丸テーブルと二つの木製椅子、窓際にベッドが一つあるだけのシンプルな部屋だ。
白く清潔な空間は、醜い俺を拒絶するようで居心地が悪い。ずっと責められている気分で、泣くことすら許されない気がして、ずっと奥歯を噛み締めている。入り口を背後に、椅子をベッドの真横に寄せて、目の前に横たわる妹――詩織(しおり)の両足を眺めていた。包帯が巻かれた両足。とてもじゃないが顔なんて見れやしない。
先ほどまで、俺の右隣、詩織の頭に近い場所では母さんがすすり泣いていた。けれど、十数分前に「お手洗いに行ってくるわ」と出て行ったきり、戻ってこない。父さんにもう一度電話しに行ったのかもしれない。
今、この病室には俺と詩織しかいなかった。
純白のベッドに、詩織が横たわっている。心電図や点滴に繋がれた、痛々しい姿。その頭にも、腕にも、足にも、もれなく包帯が巻かれていて、俺に触れられたくないと全身で主張しているかのようだった。
詩織は、三階建てである自宅の屋上から飛び降りたらしい。
らしい、というのは、俺はその様を見ていないから。母さんが第一発見者だった。夕方、スーパーから帰ってきたら、庭のウッドデッキの上に詩織が倒れていたらしい。二階にある詩織の部屋の机上にあったルーズリーフには、たった一言『ごめんなさい』と書かれていたという。
植物状態になるかもしれない、とのことだった。
最悪、死んでしまうかもしれない、と。
――俺のせいだ。
一昨日、俺が詩織に告白したから。
俺は詩織のことが恋愛的な意味で好きなんだって言ったから。
高校生の俺は、あと数年は実家にいる。それは、詩織にとって逃げ場がないということだった。そのことに、愚かな俺は思い至らなかった。
――俺のせいだ。
目覚めたとき、俺がいたら詩織はどんな顔をするだろう。
逃れられないというのは、どれほどの絶望だろう。
――俺のせいだ。俺のせいだ。
分かっている。
――俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。
――俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ! 俺のせいだ!!
――だから俺は遠くへ行かなければ。
俺は立ち上がる。傷だらけの詩織から、緩慢な動きで離れる。
詩織に背を向けて、数歩、歩いた。
――だから俺は。
――俺を殺さなくては。
病室の扉に手をかける。最後に詩織を振り返った。
「……俺は失敗しないから。安心して目覚めてくれよ」
俺の言葉に、瞼を閉じたままの詩織が笑ったような気がした。
(了)