「はあっ、はあっ、はあっ」
俺は夜の道を全力で駆け抜ける。
準備運動もなしで全力疾走をしているため、足がひどく痛む。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
(くそっ……なんで今まで気付かなかったんだ!)
自身の愚かさを呪いたくてたまらない。
走りながら天を見上げ、今ある現実に歯噛みする。
夜空の中心で、赤い満月は俺のことを見下ろしている。
満ちた赤き月……災厄が訪れる終わりの時。
(桜織がこれを忘れていってくれなかったら、俺はなにも気づけなかった……!)
俺の右手には、古びた一冊の書物が握られている。
そこに書かれていたのは、誰も知らない現人神と龍神伝承の真実。
町に解き放たれた呪い……そして呪いを消す方法。
それが、今俺が持つ本に綴られていたこと。伝承に関することのすべてが、この一冊にまとめられていた。
(呪いを消す方法が、人一人を呪いと一緒に因果から消滅させるなんて、ふざけてる!)
『優十は……もし、わたしが助けてって言ったら、助けてくれる?』
その言葉の意味を、俺はようやく理解した。
段差につまずき、そのまま地面に倒れるが、俺はすぐさま起き上がって走り出す。
刻時坂神社の前を通って、一本道をただひたすら走り続ける。
そして木々に覆われていた道が終わり、視界が一気に開ける。
月光が火時ヶ淵を照らし、俺が向ける視線の先には、巫女服を着た幼馴染みの少女。
「桜織‼」
俺はその幼馴染みの名を叫ぶ。
「……っ! 優十、なんでここに……!」
桜織の周りには、彼女を囲むようにして理解出来ない文字の羅列が浮かんでいる。
このままではいけない、俺の本能がそう叫び掛けてくる。
(そんなこと、百も承知だ!)
俺は止めていた足に再び力を入れ、桜織に目掛けて疾走する。
「……っ、待って優十! こっちに来ちゃダメ‼」
焦った表情で、桜織が俺に向かって叫ぶ。けれど、俺は桜織の制止を振り切って、一直線に彼女の方へ走る。
「手を伸ばせ桜織‼」
「っ……ゆう、と……!」
涙を流しながら、桜織が俺の方へ手を伸ばしてくれる。あとは俺が彼女の手を引き、こちら側に引っ張ればいい。だから俺も桜織へ向けて手を伸ばす。
俺と桜織の手があとほんの少しで届く、そう思った瞬間――
「……っ⁉」
あとわずかというところで、桜織の手が淡く発光し消滅していく。
「……ッ、くそッ!」
俺はさらに桜織に向けて一歩を踏み出し手を伸ばすが、しかし俺の手は届かない。
「桜織……! 桜織――――――――――‼」
必死に手を伸ばす、届かせようとする。けれど、決して掴むことは出来ない。それどころか、俺自身の存在も消滅を始めた。
過去から今ヘと繋がるすべての因果が、初めからなかったことにされていく。
(ふざ……けるなッ‼)
こんなものは認めない、許容しない。
こんな終わりは嫌だ、大切な人を失うなんて嫌だ。
断じて認めない。ふざけるな、やり直せ戻させろ。
俺の内側から溢れ出る願い、それだけが俺のありとあらゆるものすべてを覆う。
(もう一度、初めからやり直す!)
俺の視界の中心で光が瞬き、緑色の光の粒子が渦のように収束する。
流れに身を任せ、すべてを辿り戻ってゆく。
ここが、すべての始まり。
〝救えなかった〟――それが、俺の『後悔』なのだ。