「はぁ……」
目の前に広がった騒がしい景色に、つい溜息がでてしまった。
東京とは違いもう少し静かで落ち着いていると思っていたが、ここ、京都もあまり変わらない、嫌な空気の所だ。
道を行き交うスーツを着た大人に、朝からパチンコにでも行きそうな若者。そしていちゃついているカップル。
ここへは気を休めるつもりで来たのに地元と変わらないのであれば意味がない。
新幹線に乗っただけで疲れてしまったし、今日はもうホテルで休もう。
ホテルにはバスに乗って一時間ほどで着いた。
すぐにチェックインを済ませ部屋に荷物を置き、一度、ベッドへ横になった。
目を瞑ると、無意識に仕事場でのことを思い出し、そしていつの間にか眠りについてしまっていた。
次に目を覚ましたのは夜の八時。
昼飯を食わずに随分と寝てしまった。
飯、どうしようか。
近くにコンビニがあったのは覚えていたが、せっかく京都まで来たのに弁当たカップ麺で済ますのは何かもったいない気がする。
とりあえず部屋のカードキーを持って外に出た。
ここまで来て、サイゼかよ……。
結局珍しい店も無く、仕方なくファミレスで食事を済ませた俺は、ホテルへまっすぐ帰ることはなく、少し遠回りしてみようと訳も分からない小道を通っていった。
人があまり通らないこの小道を、俺はいつの間にか気に入っていた。
静かで、息がしやすいな。
こっちにおいで。
「え?」
今、どこからか声がしたような……。
おいで。
そして俺は声がする方へといざなわれ、ある神社に着いた。
「道祖神社……」
「そそそ」
「おわっ? だ、誰だ!」
カツ、カツ、と、高い下駄音を鳴らし、肩まで垂れた黒髪を揺らしながら近づいて来る巫女の格好をした小さな人。
「導かれし子羊よ、ここへ何を求めて来たのだ?」
不思議な口調で巫女はそんな事を聞いてくる。
「なーんて、言ってみたりして―」
巫女は後ろで手を組み、えへへ、と笑った。まるで女の子のような可愛さだ。胸は皆無だが。
「き、君は?」
「あたし? あたしはカカシっていうの」
珍しい名前だな。
「む、これでも神様の見習いなんだよ?」
「はぁ? ……あはは、痛い子だ、あはは」
「なっ、馬鹿にするな! 神の力を見せてやる!」
カカシはそんな事を言うと、道路の方に歩き出し、手を天にかざした。
しばらくすると、カカシは満足そうにこちらに向き直り、胸を張るようにして「どうだ?」と聞いてきた。
「分かったかな? あたしの力が」
「あ、何かしたのか?」
「うむ、道路の悪霊を祓ったのだ」
それがもし本当に神の力だとするなら、地味すぎる。
「地味とはなんだ、人間の分際で!」
「え、口に出てたか、すまん」
カカシは不機嫌そうに唇を尖らせていた。
「貴様のようにちょっと仕事でミスをして疲れたとかなんとかそんな理由で仕事を辞めた人間に、地味など言われとうないわ」
「な、なんで……」
「なんで知っているのか、か。そんな事を聞くのか? 神様だと説明したのに?」
まじで、まじでこいつ、神なのかよ。
「こらっ、様をつけろ!」
俺が仕事を辞めた理由も、俺が考えていたことも読み取ってる……。
「あたしが神と分かったなら、うん! 遊びに連れてって!」
というか、連れてってあげる!
次の日の朝、カカシは俺の目の前にいた。
「さ、着いてきて」
カカシは俺以外の人間には見えていないらしい。
幽霊みたいなものか。
「幽霊ではないぞ」
神と人間は仲良くなれないな、これは。
連れてこられたのは大阪にある露天神社。なんでもカカシの友達がいるらしい。
「え、狐?」
カカシが友達と言っていたのは小さな小さな狐だった。
狐は俺の足元に近づき何やら匂いを嗅いでくる。
「お、気に入られたようだねー」
「な、なぁ、この狐って……」
「うん、神様の見習いで、あたしの先輩」
狐が神様……。
「玉津稲荷を守っていて、ううん、それだけじゃない、人間をも守ってる」
「……そっか」
俺はしゃがみこんで狐を優しく撫でた。
すると、狐は心地よさそうに目を瞑り、鼻を立てた。
「神に言う言葉じゃないかもだけど、偉いんだな」
「ふふ、ようやく分かったな?」
「ああ」
それから俺とカカシ、そして狐はゆっくりと露天神社を散策した。
「ま、君は悪くないのかもね」
「え?」
神社を一周した辺りでカカシはそんな事を言ってきた。
「その仕事場に神がいなかっただけだよ、君は何も悪くないよ」
「なんだよ、元気づけてくれてんのか?」
「う、うっさいな。そうだよ」
カカシは顔を背け、俺の腹を力なく殴った。
こいつなりの気遣いみたいなものなのかな。
思わず笑みがこぼれ、カカシの頭を撫でようとした時、俺の手は空を切った。
「カカシ?」
がんばれ。
それからの俺はというと、有休を消化した後は知り合いの紹介で新しい職に就いていた。
そこにカカシのような神がいるのか、狐のような神がいるのか分からない。
だけど、頑張れる気がする。続けられそうな気がする。
あの京都、大阪での出来事が幻だったとしても、関係ない。
「頑張ろ」
そう呟いて、俺はまた、働くのであった。