「そこで、私は言ったの。私が死ぬのは、貴方を殺してからよ――って」
そして、そこまで雄弁を振るっていた鏡花は、決まった――とでも言うように、隣に座るわたしの顔を見た。
「で、鏡花はそいつを殺したの?」
わたしは一番気になっていたことを聞く。すると、彼女は何とも悲しそうに首を振り、
「私が先の台詞を言ってる間に、逃げられてしまったの」
「なんだ、結局殺せなかったんだ」
「でもいいの。そいつの脳には、しっかりと私の恐怖が刻み付けられたはずだから」
鏡花の口の端がニッと歪んだ。笑っているつもりなのだろうが、その表情は何とも不気味に仕上がっている。
「やめなよその顔。怖い上に気持ちが悪い」
思ったことを直ぐに口に出してしまうのが、わたしの悪い癖だった。
しかし、そんな私の言葉など届いていないかのように、鏡花は一人自分の世界に没頭し、顔面のグロテスク度を増加させていく。
「私が鳥居をへし折って、振り下ろそうとした時のあいつの表情……今思い出してもっ……!」
「だからやめなって。気持ち悪い」
わたしは、食べていたわらび餅のフォークで鏡花の腕を突く。鏡花の体がビクリと跳ね、こちらを睨んだ。何か言われる前に、その口へわらび餅を一つ突っ込む。
「むぐっ……おいしい」
「良かったね」
相変わらず、鏡花は怯える人間と甘いものに目がなかった。ムスッとした表情で、もごもごと口を動かしていくうちに、口角が徐々に緩んでいく。わたしはそれを横目で見つつ、この一週間のことを思い返していた。
そう、一週間前、昼休みの時間。
「紫苑、京都へ旅行に行きましょう」
鏡花は、えらく唐突に話を切り出した。曰く、今週の木曜日から日曜日までの三泊三日で、行きたいところも決めてある。わたしはそれを聞いたとき、最初は、いつもの突発的な思い付きだろうから、どうせ明日にはそれを言ったことすら忘れてしまうだろうと思っていた。
しかし次の日、鏡花は私に旅行の準備を進めているか聞いてきた。その時点で、私は理解した。あ、こいつは本気なんだ、と。断わる理由も特になかったし、わたしは一緒についていくことにした。
そして、木曜日。
「それで、紫苑。最近『能力』の調子はどうかしら?」
行きの新幹線の中で、唐突に聞かれた。
「別に、いつも通りだけど」
「そう、それならいいの」
その時は、なぜそんなことを聞かれるのか分からなかった。
京都に着いてからの三日間、わたしたちは時間をフルで使って、鏡花が行きたいといった寺や神社、建造物を回りまくった。その場所ごとに、鏡花は熱心に写真やメモをとっていた。経験上、鏡花が一つの物事に真剣に取り組んでいる時は、大抵がろくでもないことをするための下準備だった。わたしはなにか、とてつもない不安に襲われていた。
そして、最終日。その不安は見事に適中する。
アラームの音で目を覚ました。時計を見ると、午前二時。わたしはこんな時間に目覚ましをかけた記憶はなかったから、鏡花に文句を言ってやろうと隣のベッドを見る。しかしそこに鏡花の姿はなく、一枚の置手紙が残されているのみだった。
わたしは目を擦り、ぼやけた視界で何とかそこに書かれた文字を解読する。
『起きたらすぐ、伏見稲荷大社まで来るように』
背筋に悪寒が走った。寝ぼけていた脳が、一気に覚醒する。わたしはすぐさま着替え、ホテルを飛び出した。
わたしが指定された場所についたのはおよそ三〇分後。走っている最中『最悪の想像』が何度か頭をよぎったが、正面の大きな鳥居から見渡す範囲では、特に変わったところは見受けられなかった。
わたしは一息ついて、人気のない境内へ足を踏み入れた。照明は点いてはいるが、やはり真夜中の雰囲気はさすがに少し怖かった。それでも、わたしは歩みを止めない。そして、名物と言われる千本鳥居に差し掛かったところで、信じられない光景を目にすることになった。
ずらりと並んだ鳥居の約半数が折られ、無残に散らばっているのだ。恐る恐る進んでいくと、鳥居を抜けた先、一人でたたずんでいる鏡花を見つけた。
「鏡花、何があったの!?」
わたしは鏡花に駆け寄る。鏡花は振り返って私に気づき、
「あら、紫苑。遅かったじゃない」
と、余裕の微笑を見せていた。しかしわたしはそれどころじゃない。半ばパニック状態で鏡花の肩を揺すぶる。
「どういう状況なの、これは!」
「まぁまぁ、落ち着いて、紫苑。とりあえずこの惨状、貴方の能力で直してもらっていい?」
「あ……」
そこでようやく気が着いた。鏡花は最初から、こうなることを分かって私を連れてきたのだ。
とりあえず、私は言われたまま、私の能力である『再生』を使って、鏡花に言われた範囲全体を指定し、元あった『過去の形』へと戻していく。その時に、鏡花から今回の旅行の真意を聞かされた。
曰く、鏡花の能力と同じ『肉体進化』を持つライバルと、本気で決着をつけたかった、と。
何でこんな場所で、と聞くと、
「だって、有名な場所をぶっ壊すのって楽しそうじゃない?」
と、聞くだけ無駄な返事が返ってきた。
そんなわけで、今回の範囲で起こったことを全てわたしの能力で『なかったこと』にした後、こうして帰りの新幹線の中で、そのライバルさんとの決闘の話を延々と聞かされているのった。
結局、今回の旅行は鏡花に散々振り回された挙句、いいように利用される、と言う結果に終わった。それでも、私は、なぜか不思議な達成感に包まれていた。
それは、どうしてか、というと……まぁ、つまるところ、わたしも今の状況を、なんとなく、気に入っているから。だから、こんな結末でもいいか、って思ってしまうのだった。