都会から離れた実家は、山に囲まれた田舎町といった風景の中にある。
この時期は山の中で大人しくしている獣たちも、冬が去り春がやってくると徐々にその姿を現し始め、セミが鳴き始めれば家の近くまで下りてくる。散歩をするのが好きだったのだが、イノシシが近くの校庭で走り回っていたと聞いたときから、夜の散歩は控えている。
春香は実家の周りを囲む木々が珍しいのか、あたりを見回しながら車から降りてきた。
「お袋と親父には何て言うんだ。俺は何も言わないからな。お前が説明するんだぞ」
「わかってるよ」
「タクミお兄ちゃん、ごめんなさい」
申し訳なさそうに見上げる少女に、兄は何も答えず車の後ろへ回った。
「ケン兄ちゃんも……」
「いいんだよ。ちゃんと、話してくれるよね」
小さくうなずいた春香の手を握ると、玄関のスライド式の扉がガラガラと古臭い音をたてて開いた。
「タクミ、ケン、待ってたよ。ええと……その子は誰だい？」
「お前たち、まさか……！」
出てきた途端、この疑いようである。
「違うから！」
「ケンはどうしてこうも……もう帰ってこなくていい。これからは赤の他人だ。うちの敷居をまたぐな！」
どうして僕だけ疑われるんだ。兄もいるんだから疑えよ……
多分、中学生の頃に子供がどれだけ素晴らしいかを力説したのが原因だろう。子供好きなのは昔からだ。保育関係の道に進もうとも思ったのだが、幸せ過ぎて仕事にならないと思い、諦めた。
「待てって……話を……！」
過去を思い返していると、目の前で扉が閉められた。鍵を掛けるガチャンという音で我に返る。
「お前のせいだぞ」
兄はそう吐き捨てると携帯電話を取り出して、目の前の家にいる両親に電話を掛け始めた。
「車の中で待ってようか」
僕はこくりとうなずいた春香を抱っこすると、車へと引き返した。
それから約一時間後、兄の必死な説得によって僕らはようやく家の中へ入ることができた。
「早とちりしちゃってごめんねえ」
母は春香の目線までしゃがみ込むとそう言った。鼻の頭を赤くした春香は僕の後ろに隠れるように一歩下がり、僕のズボンをきゅっと握った。とても幸せだ。
今年も残すところあと三日だが、この事件が今年一番大変だったのは言うまでもない。
