六月三日、日曜日。時刻は午後二時半過ぎ。ボクは都営三田線の神保町駅改札を出て右に曲がった。しかし、右はハズレだったらしく九番出口から地上へとボクは出ることになる。ハズレというのは、本日、神保町巡りをしようと約束をしていた子との待ち合わせに失敗したということである。
スマホのメッセージでは『ついたー 14:18』『出口2から外出たよー 14:23』の二件のメッセージがあった。二番出口は確か反対方向だった気がする。同じ神保町駅とはいえ、かなり距離があった。すでに出口から地上へ出ているボクは戻ることが億劫でそのまま大通りに沿って歩を進めた。
本当なら神保町巡りなどとうに終えていてもおかしくないのだ。なぜなら学校で行われている校外学習の課題なのだから校外学習当日に神保町巡りという課題は終えている、はずである。だがしかし、ボクは先日の校外学習には参加しなかった。それは同日に某出版社企画のクトゥルフ神話イベントがあったからだ。ボクはそちらに参加していた。これには理由があり、学校と企画した某出版社の関係で生徒にぜひプレイしてほしいとの要望があったらしい。それでボクはそちらのゲームをプレイしに行ったのだ。そして、神保町巡りは個人で後日に行うということになっていた。
それが今日なのだ。ボクと同じ理由で当日に神保町巡りをしなかった工藤静奈が一緒に神保町巡りに行こうと誘ってきたので承諾し、今に至ると。そして、午後二時に神保町駅で待ち合わせということになっていた。しかし、寝坊で彼女は遅刻、ボクも遅延でさきほど神保町駅に着いた。そして、先に出口から出て待機しようとした神保町駅は出口がたくさんある、というボクは後になって気づいた。何も考えずに進んだ結果、ボクは今、神保町のよくわからないところを歩いている。
メッセージには『そこにいて、今から向かう 14:38』とあった。ボクは無視した。実をいうとボクは工藤静奈が苦手だ。しかし、今日は人と約束しないと神保町なんて来ないと思ったから来たわけで、決してボクは彼女のことが好きで約束したわけではない。もうこのまま会えなくてもいい。別行動で神保町を巡ったっていいじゃないか。ボクは割と本気でそう思っている。
スマホのマップを見てみると、近くに神社が記されていた。しかし、周りにはコンクリートの建物ばかりでそれらしいものは見つからない。ボクはマップで神社の場所を正確に特定した。きちんとその通りに進んでいく。
知らないうちに脇道に入っていたボクはもう一度、大通りに出て横断歩道を渡った。そうすると、喫茶店がありその裏にマップでは神社があることになっている。しかしなかった。気づけば迷子。ここはどこですか。
『出口9についたよ、どこにいる? 14:56』
ボクもうそこはいないけど。とりあえず、近くにコンビニがあることを伝えてそこで待ってるとメッセージを送信した。
よし、アメリカンドッグを食べよう。
ということで、ボクはさっそくコンビニへと入店する。五〇〇ミリリットルのパック、抹茶のミルクティーを手に取ると、ボクは迷わずレジへ。フライヤー棚をふと見ると、アメリカンドッグはラスト一本だった。
アメリカンドッグを食べているところでやっと工藤静奈と合流できた。彼女はとても怒っていた。「わたしも何か買ってくる」と静かに言い残してコンビニへと入ってしまった。やはり彼女は怒っている。まぁ、ボクが悪いのだけど。だからと言って、別にそこまで申し訳なさみたいなのはなかった。だって、ボクは一人でもよかったから。
それから、ボクたちは古本屋さんへ向かった。日曜日なので古本屋さんはほとんど定休日だった。それでも道を歩いているだけで古本屋さんを発見できるのだから、神保町はすごいと感じた。こんなにも本屋さんと古本屋さんであふれている町は初めてだった。
「見て、これ百円コーナーだって」
工藤静奈がボクの袖をくいっと引っ張ってそれらを指さす。
そこは店の外で端から端まで古本が並べられていた。画用紙になんでも一冊百円と赤文字で記されている。そういう雑なところがまた古本屋らしくていい。
「せっかくだから何冊か買っていこうかな」
絶対どこの古本屋行っても同じこと言うでしょ。
心の中でツッコみながらもボクもちょっとわくわくしていた。
店の中はやはり何もかもが古かった。もともと店が小さいこともあるが、古本を並べすぎて店内が狭かったり、古い紙の独特な匂いだったり、ここに存在する全てが中古にもかかわらずお宝のように思えた。
「工藤、見ろよ」
ボクは興奮していた。思わず、彼女に話しかけているなんて。
「なに? 」
僕が持っていたのは古いカメラの資料集だった。カメラの歴史について説明されているページを工藤静奈にも見せてやる。そうすると、工藤静奈は資料集の中を覗き込んで首を傾げた。必然と彼女との距離が近くなる。
「これは何」
「昔のカメラだよ。一眼レフっているのは二眼があったからそう呼ばれてるんだぜ」
「へ~」
一通り見終わったボクたちは店を後にした。ボクは他の古本屋も行こうかと考えていると、工藤静奈が言った。
「ここに来る途中で美味しそうな蕎麦屋さん見つけたんだけど、そこでちょっとご飯休憩にしない? 」
確かに。お腹は減った。
「うん」
そうしてボクは彼女に連れていかれるままに神保町の道を行くのだった。