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 空気は冷たく乾燥し、吐く息が白くなってしまう凍て付くような冬の深夜。薄黒い雲が月を隠してしまっているためか、いつもに比べて闇の密度が濃く街は暗い。
 何事もなければ皆、朝を迎えるべく寝てしまうのでただの閑静な市街でしかないのだが、事件は既に起きているために怒号と足音が響き、ランタンの光が周辺を照らしていた。
 何人もの人間が石畳の道を駆けていく。ふと横を見れば、すぐ隣に赤茶色のレンガ屋根を被った白い壁と木で造られた家々がいくつも並び、美しい町並みを作り出していた。
 石レンガの道を駆けていくのは甲冑に身を包み、火打ち石式マスケット銃を持つ兵士達と小汚い服を着て、してやったぞとばかりにドヤ顔を浮かべ息を荒らげる盗賊達だ。
 彼らの両腕には沢山の金貨や財宝が収まっていた。無論、盗品である。
「盗賊シュトラフの一味だな!! 止まれ! そうでないと捕まったとき死罪だぞ!!」
 兵士の一人が息をぜぇはぁと荒らぶらせ、白い吐息を散らしながらも叫んだ。盗賊達は肩をビクリと震わせて、必死の思いで逃げる脚により力を込める。
 外気は服など意味もないくらいに冷え込んでいるが、双方息も絶え絶えな様子で走り続け、額からはだらだらと汗が流れ落ちて行く。しかし薄汚れた茶色の外套(がいとう)と黒髪を靡かせ、盗賊達の中心にいる男……シュトラフは息を果てさせて余裕などどこにもないにも関わらず、琥珀色の瞳で闇で見えない道の先を見据え続け、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「フハッハッハッハッハッ!! 待てと言われて待つほど馬鹿じゃあないんでなぁ! 死罪とかどうでもいいのだよ! この逃げる際のスリル! 財産を奪われた哀れな貴族の泣き顔! 俺を慕う市民! それを見たさにこんなことやってるんだからなぁフハッハッハッハ!! 蓄えて丸々太る奴が悪いんだ!」
 奇怪で余裕に満ち溢れた笑い声が黒々とした闇夜の空に溶け込んでいく。すると疲弊し始めていた盗賊達も活気に満ちて、こだまするかのごとく雄叫びをあげた。
「うおおおおおおおおおお! リーダーに負けるなっすよ!!」
「俺に勝てるもんなら勝ってみやがれえええええええええ! 勝ったらおごってやんよ! 覚えてたらだけど!!」
 盗賊達は背後に迫る恐怖など忘れ、各々が笑顔で競い合い、限界を越え、加速していく。
 笑いながら距離を確実に離していく盗賊達を追い続けるもやがて限界が来たのか、追っ手は一人、また一人とため息を付いて追走を諦めていった。
 盗賊シュトラフ……権力者と金持ちのみを襲う義賊の頭。
 盗賊行為を続けていれば、いずれは殺されてしまうかもしれないと、彼は覚悟を決めていたが、まさか運命の出会いを果たすだなんて、

 ――――このときは思いもしなかったのだ。