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 第一幕:時代違いの機巧少女

 

 

 無事に金品を稼いだときはすぐさま酒場に向かった。
 ――――その酒場は他の建物より大きく、頑丈な造りをしていた。段々と近づいていくとすぐにそこが酒場であると認識できるような目立つ建物で、巨大な入り口の隣にはなぜか小さな丸テーブルと椅子が二つ置いてある。入り口の扉を勢い良く開けると、酒場特有のむわりとした臭いが鼻を刺激し、いくつも並ぶ長テーブルとそれ以上に並ぶ椅子。その一つにすでに座って待っている髭の厳つい男が店主だ。怖い人相をしているが実際は……いや、それなりに怖い。だがこうして皆が無事に酒場に来ると彼は父親のように喜んでくれた。
「よう兄弟!! よく戻ってきてくれた!! お前らが来るそろそろ来るだろうと思ったからウェイトレスのやつら全員叩き起こしておいた」
 店主がそう発言するのとほぼ同時、カウンターの奥からウェイトレスが数名、両手で十個以上もの酒を入れたジョッキを持って現れた。何気なく店の奥を覗くとかまどが明るくなっているようだった。どうやらわざわざ冷えたかまどに再度火を着けてくれたらしい。手に入れた金で余分なほど支払っており、お互いにウィンウィンというのもあるが、それ以上に築き上げた信頼関係や友情も大きい。段々と酒以外にも料理がいくつかテーブルに並んでいき、団員達は猥雑に騒ぐがまだ食事に手を付けたりはしない。彼らは皆、シュトラフ・トリスタンの合図が来るまで待機しているのだ。
 こうして統率の取れたチームが出来たのも努力の甲斐があってだ。彼らの期待に答えられる様に、盛大な宴の合図を上げてやろう。
 盗賊頭であるシュトラフはニヤリと笑い、酒場の中心に存在する一回り大きな木製テーブルの上にダン! と激しい物音を発しながら乗ると、泡が零れるほどビールが入った木のジョッキを天井に掲げ叫んだ。そのとき多くの酒がその辺に飛び散り、料理や服に掛かったが誰も気にも留めない。
「お前ら! 今日の収穫は大成功だ!! さあ自由に食え! 俺の奢りだ、乾杯!」
 果敢にも貴族に仇を成す男の掛け声に同じ盗賊の団員は煌びやかな視線を向けると笑顔で応えた。
「リーダーに乾杯!」「乾杯っす!」
 乾杯を合図に皆して浴びるようにビールを飲み、机に並べられた料理に手を出し始めた。
 シュトラフは喜びのあまり力強く手を握って、団員達の様子をジッと眺めていたが、やがて料理の匂いに堪えられず近くにあったじゃがいもを手に取った。手から伝わってくるじんわりと熱さが伝わり、外の寒さで痺れていた手がほぐされていく感覚がする。いや、ずっと握っていたら火傷するくらい熱いかった。
 シュトラフは慌ててじゃがいもを割ると、芋は黄金色をあらわにし、ほくほくと湯気を漂わせる。その湯気は酒場の外の空気で芯まで冷えた体を温めるには充分過ぎる。口に頬張ると蒸した熱と塩が効いた芋の味が食道を駆け抜けていく。
 文字通り至福の時を味わっていると、盗賊団の一人、家族に等しい仲間であるフェイという少女がこちらに小さな手を伸ばした。くせがつき妙に跳ねているくすんだ金の髪を揺らしながら、すたすたとこちらに近付く。彼女は視線を合わせるため、顔を上げた。通った翡翠色の瞳は自然と上目遣いになっていた。
 フェイは商会の小僧のようなボーイッシュな格好をしているが、性別が女と分かった上で見るとそばかすがある純粋そうな童顔やこちらを見上げる潤んだ瞳が可愛らしい。
 シュトラフが見慣れた顔を改めて見直していると、フェイは少しばかり首を傾げながらも気にせず口を開いた。
「今回も上手く行きましたね。これで村の皆もしばらくは飢えないで済みますね」
「あぁ。あいつらはいつも下から搾り取った金で去勢鶏とか鰻のパテとかカリンの蜂蜜漬けとか食ってやがるんだ。その所為で何も食えないやつがいるなら全員、黒パンのほうがマシって話だ」
 盗んだ金品の半分以上は農村や貧困にばら撒くことにしていた。そうすることでピンチになったら匿って貰えるし、彼らはしばしの間、腹を空かすこともなくなる。なにより感謝と賞賛の声が響き、慕われる。特に最後の理由は重要だ。最初は金持ち共を懲らしめたり、貧しい人達を助けようと思ってやっていたが、思わぬ快感を得たものだ。慕われるとなんだか自分が偉く思えて、それが言葉にしがたいほど心地良かった。昔のみっともない自分を忘れることができる気がした。
 おかげで宴気分が晴れて、気付けば次への行動を取ることを考え、それを口にしていた。
「金はいつものごとく早朝にばら撒く。手分けしてだ。それよりフェイ」
「なんでしょうか?」
「気が早いかもしれないが、次の犯行場所を決めておきたい」
 シュトラフは若干申し訳なさそうに言った」
 隣で皆が酒を飲んでいても、根が真面目なフェイは文句一つ言わずに付き合ってくれた。彼女が男装をしてまで義賊をするのは、強さを挫き、か弱きを救う純粋な正義の心からだ。
「もちろん構いません! 候補はいくつもありますよ!」
 フェイはパッと笑顔を咲かせると、人が密集していないテーブルで腰のポーチからくしゃくしゃになった地図を取り出した。
 商人から高い金を支払って買ったこの国の地図だ。ボロボロできばんでいるが、どの貴族がどの地域を領地としているかなどが人目で分かる。この街と周囲の土地はアドラーという一人の貴族が支配しているが、どうしてか他の領地の貴族が沢山この地域にはいる。詳しい理由は不明なものの、都合が良いことこの上ない。
「オススメとしては少し遠いですがフリードリヒ邸ですかね。安全でかつ大量の収穫が見込めますね。……ですが私としてはルートヴィヒに天誅したいです」
「なんかあったのか?」
 その名前を口にすると、彼女の表情は怒りに満ちたものへと変化した。
「高利貸しです!! 稼いだ金を聖職者に贈賄して権力を上げていくような非情な奴です」
 贈賄を受け取る聖職者も相当な野郎だが、渡す奴も渡す奴だ。……ようするに屑。屑野郎から金を搾ったほうが清々する。皆も金を貰うときより賞賛の声をあげる。今からでもざまぁ見ろと笑ってやりたい。義賊として、シュトラフ・トリスタンとして悩むまでもなかった。
「その高利貸しとやら……ルートヴィヒとかいう野郎に会いに行こうじゃねえか」
「あ、ありがとうございます!」
「礼はいらないぜ。それじゃ、騒ぎに加わろうか」
「はい!」
 二人はビールを一気飲みすると喧騒の中へと飛び込んだ。