犯行も無事成功したので、いつも通りであれば意気揚々と酒場で騒ぎ祝っていたところなのだが、今回の収穫である【慧来具】に底知れぬ何かを感じて一人拠点で待機することにした。拠点といってもやはりただの民家だ。ガラスの無い窓から入る月明かりが照らす中、シュトラフは冷たく、薄く土で汚れた木の床に座り込むと【慧来具】のパーツを全部、その場に丁寧に並べた。
「カノンって言ったか? お前話せるよな? ……自己紹介が遅れた。俺はシュトラフ・トリスタン……自分で言うのも難だが義賊ってやつをしてる」
「ユーザー名を登録完了しました。パスワードを決めてください」
「……よく分からないがユーザー名ってやつはもう平気なのか?」
「はい。シュトラフ・トリスタン様ですね。きちんと登録されております」
名前を言うだけで良かったのか。しかし、【慧来具】……カラクリとは思えないほど流暢な会話をしてくる。この様子なら聞けば答えてくれるかもしれない。
「……パスワードってどういう意味だ?」
「パスワードとは、一般的に合言葉を指します。また特定の機能を使用する際に認証を得るため入力する文字及び数字の羅列を指す。多くの場合、その利用者が本人であることを確認するもので、その利用者のみが知る文字列を用いる」
シュトラフはしばし呆然としてその説明を聞いていたが、言葉の意味を真に理解した途端、嬉しそうに声を上げた。
「そういうことでよかったのか! どうしようか。秘密の合言葉だろ? うーん……。誕生日とかでいいか。じゃあパスワードは0420でいいか?」
「脆弱なパスワードですが了解です。ではカノンを組み立ててください。瞳の色は何色がいいですか?」
「えっと……任せる」
「了解です。では組み立ててください」
カノンと名乗る【慧来具】はそっと目を閉じた。
いままで頭部のみの状態で会話を続けていたが、やはり胴体や腕などは連結できるらしい。このまま頭部の状態で会話を続けるのはあまりに不気味で辛いので、試しに頭を胴体に繋げてみることにした。頭部と胴体を手に持ち、繋がるべきところに力で捻じ込んでいく。……多少苦戦はしたものの、ある特定の場所でガチャリと金属質な音がして、無事接続できた。どうやら力をかける必要はなかったようだ。
慣れてみると意外に簡単で、腕、脚と次々接続しその作業を終えた。組み立てるまではバラバラになっていたため可愛いなどという感想はおろか、虐殺死体でも見てしまったような感覚が脳を支配していたが、いざ全てを組み立てて人間の少女の体を構築した時、シュトラフはカノンを見て思わず頬を赤らめた。
「……ありがとうございます。これで行動できます。シュトラフ・トリスタン様ですね? ワタシは要人護衛及び会話をするための人工知能(こころ)を搭載したカラクリでございます」
カノンはすっと滑らかに立ち上がると、淡々と頭を下げた。そしてゆっくりと顔を上げ、晴天の空のように蒼く美しい瞳が向けられたとき、シュトラフは全身に稲妻が走ったかのうような感覚を覚えた。
華奢で保護本能を刺激する脚や腕。さきほどまでバラバラだったゆえに、服を一切着ておらず露わとなっている艶やかな白い肌。自己主張の激しい宝石の輝きとは違い、どこか深遠を覗くような瞳の輝き。
シュトラフは思わずカノンのことを凝視したが、同時に我に返った。今、目の前にいるのは人間ではないのだった。その証拠に彼女はバラバラになっても血の一滴さえ流さなかった。それに全てのパーツが合体した現状でも、関節部分は人ならざるものであることを主張するかのごとく隙間が開いており、まるで人形だ。
隙間からは金属製の物体が見え隠れしている。後ろ側、腰の辺りでは先端部分に小さな金属の棒が二つ付いた黒い紐のようなものががゆらゆらと、まるで猫のシッポのように揺れていた。可愛いらしいのだが、どこか惜しい……しかしそれでも彼女は他の者とは一線を凌駕していた。酒場の自慢の看板娘にも、権力争いのために自分を磨き続ける貴族の娘にも遠く及ばない。
シュトラフが思わずカノンの脚やくびれ、胸から脇のラインなどを凝視していると、いやらしい視線を感じ取ったのかカノンは嘲るような笑みを浮かべて口を開いた。
「発情期の狼のような視線をくべるのは止めてくださいませんか? わかりやすく言いますと、変態的視線でございます」
カノンが醸し出していた奇妙な色っぽさによって、高鳴っていた心臓が落ち着き、何かが冷めるような感覚がした。
可愛い顔をしているがなんというか生意気だ。初対面に近い状態の奴に普通こんなこと言うか? いや、言わない。
シュトラフは自問自答の後、ピクリと眉を細め、むきになって言い返した。
「誰が発情した狼だっつーの。逆に考えてみろ。お前がせっかく誘惑ボディを見せ付けてくれてるのに無反応だったらどうする。そいつぁ確実に女に興味ない野郎だぜ」
「ワタシは誘惑ボディではありません。さらに申し上げますと、自分の体を見せたくて見せたわけではありません」
「本当か? にしては見られてんのに恥ずかしがる仕草も様子もねえし怪しいぜ」
「恥ずかしいやら恋だの愛だのといった感情を抱くのは低俗です。ですのでワタシは恥ずかしがることはしません。……その所為で当機はいらない物と認定され、この世界に廃棄されたのですが、ワタシは気にしません」
カノンが嘲笑うような表情を止め、険しい表情を浮かべていたのだが、シュトラフはそんなこと気にも止めず怒りが収まるまで喋り続けた。
「それで次の男を作るために組み立ててくれる人を待ってたのか?」
「だから違うと言ってるではありませんか。言語の意味を理解できていないのですか? 話を聞いてましたか? 哀れ過ぎて涙が出ます。ワタシの機能は要人護衛と不審者の迎撃が主です。男を作るなどという卑しくて愚かな考えはしておりません」
カノンが誇らしげに少ない胸を張り、シッポをピンと立たせると、シュトラフはわざとらしく吹き出して冗談混じりに女性に言ってはいけないことを言ってのけた。
「はは。それだったら少女の見た目をする必要がどこにあるんだ? 本当はいやらしいことをするための【慧来具】なんじゃあないか? そんなシッポたたせちゃってさぁ、恥ずかしくないの? それにそんな華奢な腕でできることと言ったらおねだりしながッ――――!?」
シュトラフがハンドサインを交えてあんなことやそんなことを示唆した次の瞬間、カノンはシュトラフの両腕を握り締めるとそのまま宙に放り投げた。
見た目からは想像もできないほどの剛腕に成すすべなく身を委ねてしまった結果、シュトラフはたやすく吹っ飛び、全身を壁に叩きつけ垂直に落下。あまりにも強い衝撃によって彼の意識は朦朧とした。
そんななかカノンは床に倒れるシュトラフの元まで歩み寄ると、顔を覗かせながら尋ねた。
「シッポではなくコードでございます。そしてこれでも護衛、迎撃ができないと思いでしょうか? もしそうであればさらなる破壊力をお見せ致しましょう。次は肋骨を砕きます。その次は――――」
「……いや、もういい。こうやって油断させるために少女の姿なのか。全部理解した。この力……使える」
「ワタシを使用するのは構いません。道具は使われることが使命でございます。しかし一つ言うなれば、パスワードの意味さえも知らない野蛮人がワタシを扱うには少々役不足かと思われます」
「俺を……舐めるな、よ……? すぐに、使いこなしてやるぜ。その生意気な口も……調教して……ガハッ」
遠退く意識のなかシュトラフは途切れ途切れな言葉を発し、空元気を振り絞ってしたり顔を浮かべた。しかしその五秒後には視界を暗転させ、ゆっくりと気絶したのだった。