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「伊藤君、これ運んどいて」
「はい」
 店長に支持され、俺は潰れたお菓子の箱をカゴに詰める。それを片手ずつ持ち、裏の在庫置き場まで持っていく。
 出勤して今日は何度目の店内と在庫置き場の往復なんだろう。
「……しょっと」
 特別重くもないお菓子を在庫置き場の奥にいて顔を上げた。同じように形が歪んだ商品が数多く並んで積まれている。
 廃棄所とかってこんな感じなのかな。
 社員の人が在庫を並べて手にもっている機械でスキャンをしている。商品の廃棄準備をしているのだろう。バイトの俺は単純にそのお手伝いといった感じだ。
 昨日発生した東北地方での大型地震。お店で在庫を並べていた時にそれは起きた。
 俺が働いている所は東北ではないので、地震が直撃したわけではないがそれでも凄い揺れだった。
 近くにいたお客さんの地震予報警報が鳴ったと思ったら徐々に揺れ始め、次第にそれは大きくなり屈んで業務をしていた俺は尻もちをついてしまった。
 周りからは悲鳴が聞こえ、女性のお客さんが駆け足で通路を過ぎる去る姿を覚えている。
 店長や社員が誘導をしている声が聞こえたが、それをちゃんと聞けていたお客さんは何人いたのだろうか。
 陳列棚からは商品が雪崩のように落ち、通路に溜まっていく。お客さんの中には踏み潰していく人もいた。
 お店は復旧作業をしなくてはならなく、今日は営業をしていない。本当は今日休もうかと思ったが、この惨事を目のあたりにしてしまっては休むのも気が引けた。
 幸い家の方は昨日のうちに片づけが大体終わったので、親には余震にだけ気を付けてと言われ家を出た。
「伊藤君、休憩入ろうか」
「あ、はいっ」
 在庫置き場にその後も何度か廃棄品を運んでいる最中、男性社員の岡部さんにそう声を掛けられた。
「俺も入るから一緒にどこか行く?」
 岡部さんは短く切りそろえられた黒髪をポリポリと掻きながら俺の顔を覗く。
「了解っす」
 俺は返事をし、休憩室に入ると上着をロッカーから取り出した。バッグからは財布だけを手に取り、ドアを開けて待ってくれている岡部さんの方に早足で向かった。
「どこ行こうか?」
「そうっすね……」
 外に出て岡部さんに聞かれる。俺は首を回し、辺りを見渡す。お店の周りにはレストランやコンビニがあるが、いくつかの場所は電気を付けていないのか薄暗い。
 流石にどこも営業出来ないか。
「やってるとこ少ないな」
 岡部さんも考えていたところは同じらしく、俺は小さく、はいと言った。
「今日はハンバーグとか食いたかったんだけどな」
 と、岡部さんはグレーのパーカーに手を突っ込みながらぼやいた。
 俺も何かガッツリしたものを食べたい気持ちではあったので、無言で同意する。そんな俺を見て、岡部さんは小さくため息を吐いた。
 結局、コンビニで何か買うことにした。
「げっ」
 ついそんな声が漏れてしまった。
 店内はごった返しており、普段では想像もつかないほど混雑していた。
 取りあえず奥に進みお弁当コーナーに目をやる。弁当は勿論おにぎりやサンドイッチなどが少ししか残っていない。売れてしまったのか、それか廃棄処分なのか。
 飲料水コーナーに行くと、水やスポーツドリンク系が完売していた。
 そういえば、母さんも買いに行くとか言ってたな。
「やべえなこれ……」
 岡部さんが呆れた声でこちらに顔を向ける。俺も苦笑いでそれに応え、残っているおにぎりなどを手に取りレジに並んだ。
 レジにならんだら並んだで、休憩時間が無くなるんじゃないかと思うほど前が進まない。
 結局、俺と岡部さんは休憩のはずなのに全く休むことが出来ないで仕事に戻る時間となった。
 夕方ごろになると大分片付いてきて、お店の空気が朝よりも柔らかくなった感じがする。皆終わりが見えてきたことにほっとしたのかも知れない。
 俺は外回りのゴミ拾いを頼まれたので、箒と塵取りを持って外に出た。
 店舗入り口近くを掃いていると、女性の声が聞こえた。顔を向けると入り口前で店長と女性のお客さんだと思われる人が何かを話している。
 なんとなく会話の内容が気になったので、掃除しながら徐々に近づいてみる。
「……じゃあ、いつになったら再開するの?」
「予定としては明日か明後日には営業出来るようにとは考えておりますが、正確には答えられません」
「早くしてちょうだい。どこも買い物が出来なくて困っちゃうのよ」
「大変申し訳ありません」
 店長が深々と頭を下げる。
 別に店長も意地悪でお店を閉めているわけではないのだから、なんだか理不尽な気がする。
 女性がこちらの方に歩いて来たので、俺も一応頭を下げといた。奥にある駐輪場に向かったのだろう。
 顔を上げると、店長がまだ店頭に残っていたので、
「大変ですね」
 と、声を掛けた。
 店長は仕方ないよと、疲労した顔を浮かべて空を見上げた。
「ここはまだマシだよ。震源近くの店はいつ再開できるか見通しがつかないらしいからね」
「マジですか?」
 店長は無言で頷いた。
「まあ、そういうのも含めて俺たちはまだ恵まれてるよ。お店に来れて家族も無事なんだから」
「……そうですね」
 何を言いたいのかなんとなくだが察した俺も、つい空を見上げた。三月の風は未だ冷たく頬が少し痛い。