京都、それは日本にとって重要な都市である。昔からここでは様々な歴史に残る事件や出来事があり、今ではそれに関する建物がたくさん残っている。そして、そのものたちはダイレクトに私達の目の前に過去を突き付けてくる。それは過去から今へとつながる通り道で……。
「いま目の前に見える長い長ーい坂を上るよりも大変、だったのか、な? いや、そんなことはない(反語)」
「……どうしたみなと、急に変なこと言って、遂に憑りつかれたか?」
ついつい長い坂と人ごみを目の前にして漏れ出てしまった変な独り言を聞かれてしまった。そんなラッキーボーイ、名を平野あけち、我が越中高校の唯一の友達だが向こうはこっちをどう思ってるかは知らない。俺はこいつのことを「ケチ」と呼んでいる。そう呼んでいるのはただ名前を略した呼び方をしているだけってのもあるんだが、もう一つ理由があるのよ。
まず、黒縁メガネをかけていていかにも真面目そうな見た目なのだが舐めない方がいい。俺が丁度ポケットティッシュを切らして鼻がピンチの時に近くにいたケチに助けを求めたら、「俺も今ピンチなんだ、すまんが他をあたってくれ」と一蹴された事がある。そんな非人道的なことを平気で成し遂げるやつだ。人が助けを求めてる時ぐらい助けてやってもいいだろうがよ! まあその後力ずくでティッシュを奪い取ったんだけどね。えへ!
ではなぜそんなケチケチな「ケチ」と仲良くなったのか。そう問われれば「思考が似ている。」ただそれだけで完結する。
「気持ち悪くにやけてないで、なんか言ってくれ」
少しムッとした顔で言ってくる。
「すまん、目の前の事実から目をそむけたくなっちゃっただけなんだ」
「それは良かった。そして、俺も激しく同意したい」
そう言って肩を落とし脱力しながら、人がギュギュっと詰まった坂道を気合のみで進んで行く。
「……みなと、ちょっとこっち」
息がちょっと切れてきたあたりであけちに手を引かれてぎゅうぎゅうのすし詰めロードから一時離脱した。もしも手を引かれていたのが女の子だったらきゅんときて好きになっていたかもなとたゆまぬ真顔で思った。ダメだ疲れてるかも。
「ここに自販機あるから買って少し休憩しよう」
「……おう」
俺は俯き加減で生返事を返した。
「まさに人に酔うとはこのことか」
早く乾いたのどに冷たい水を流したいと思い自販機へと向かう。ずらずらっと全体的に見回すとふといつも好きで買って飲んでいる水を見つけてボタンを押そうとしたところでちょっとした変化に気づいた。なんといつもラベルに書いてある『南アルプス』が『奥大山の』に変わっているのだ。
「おいおい! あけち見てみぃ!」
「ん? なに」
俺はラベルの部分を指して興奮気味になって、
「ここここ! 凄くない!! 京都仕様に変わってんだが!?」
そう言うとあけちは自分の持ってるペットボトルを眺めて
「あぁ、ほんとだ」
とボソッと呟いた。
予想がついていたので何も言わないけど……ちょっとは感動があってもよくないか?
何かを気にするそぶりもせず水を飲んでいるのを横目に俺も乾いた喉を潤すことにした。
一度息をつき落ち着いて周りの見てみると様々のお店が立ち並んでいるのが伺える。お土産やさん、八つ橋が売ってる店、はたまた抹茶アイスなど京都に来たら買いたくなるものが目白押しである。後で買いに行こうと思いその旨を伝えようとして後ろを振り返るとそこにさっきまでいた明智の姿はなく、慌てて首を回すとアイス屋さんにできてた買い物客の列に並んでるあけちが目に入る。ほっと安心して連れ戻そうと歩き出したとき突然後ろから声をかけられた。
「ばけおくん? こんなところで奇遇だね」
その声の主は随分と知っている人物だった。
有栖川ありす、女子の中でも高身長なほうで髪型はボブカット、そこに鋭い目尻と相まってとてもクールで賢そうな印象を受けるのだが……実際そんなことはなかった。いつも小テストの補修に出席している常連さんだし、中間や期末テスト前には自信満々に「今回は絶対平均は超えるね! 間違いない」と豪語していたにもかかわらずしっかり赤点を取るようなそんな奴だ。そして何故常連なのを知っているのかについては議論しないことにしよう。
「あぁ、ありすも列からはぐれたのか?」
「まあそんあところなのかなー?」
とぼけたようで何も考えてない顔して言った。
「なんでお前もよく分かってないんだよ」
苦笑いが出てしまうがいつもの調子で少し安心する。こんなお調子者をなぜ心配しているのかというと、ありすには特殊な事象、【霊に憑かれやすい】という体質であるのだ。
確証はあるのか? と問われれればまぁプロの除霊士の息子であるあけちがいるってのもあるがあけちは霊感はあるが視認できない。そして、ありす自身は霊感が微塵もない。そして俺は霊感こそないけれど霊の姿を見ることができる。加えてありすが霊に付きまとわれるのを見た時から心配が収まることはない。
一応あけち様お手製つよつよお守りを持たせているし他にも投じれる策もまだある。それにせっかくの修学旅行だ、余計な心配させたくないししたくない。今回は諸々を一旦忘れて思いっきり楽しむことにしよう。
「あれ、そういえばうみちゃんは?」
「え! ああ! いない! どうしよ、はぐれちゃった!」
いつもは鋭い目をはっと丸くしておどおどしている。
「まあ行く先は同じだからもうみんなのところにいるんじゃないか」
「うーん……わかった」
しぶしぶ納得してくれたようだ。
「さっ! 気を取り直して、この坂を上ろうか」
「あれ、あけち君は?」
「あ、忘れてた」
ありすのおかげで思い出し、先程まであけちがいたアイス屋さんを見るとあけちとうみちゃんが一緒にこちらに来ているのが見えた。
「あれ? なんで一緒にいるの?」
ありすがうみちゃんに理由を聞いている。
「あけちが悪いことしてたのを見つけたからひっとらえてた」
「違うって、時間の有効活用をしてただけなんだ。二人も分かってくれるだろう?」
そう言って面白半分真剣さ半分の顔で俺たち二人を見る。
「「いや~分からないな~」」
「ほら~やっぱ悪いことしてたんだ」
「ぐっ……」
わざとらしくしかめっ面をした。
そして、図らずも全員集合した俺たちは人でひしめき合う坂を今度こそはぐれなあいようにすすむことにした。
無事に四人で上まで登り切って先生に少し注意された後クラスの集団に合流して今回の目的、清水寺の前で集合写真を撮った。その時に何人かしれっと列に入り込んでくる他校の生徒がいて「っえ?! 何事!?」と思ったが誰も気にする様子がないのでそれが幽霊だということ理解した。こう思うのはおかしなことなのかもしれないが「陽気だな~」なんて心なしに思う。
そんなこんがあってようやく本堂に入ることになった。クラスごとに列になってはいるのは他の客の迷惑では? などといらない心配をしてみたがそれももはや京都という土地柄と景色によって同化してるのかなと結論付けることにした。ほら、あれだ……風流とかわびさび的なやつだ。
そして、例の辺りを展望できる箇所を取り掛かった。そこから見える景色は木々が青々と生い茂っているのが下の方に見えていてその先に京都の街並みがのぞいて見えた。
清水の舞台から飛び降りる。これの元ネタが何なのか分からないが言葉だけ知っている。多分周りもおんなじ感じなのだろう。そう思い前を歩いてたあけちの肩をちょんちょんとたたいて聞いてみることにする。
「なな、お前〈清水の舞台から飛び降りる〉って言葉の意味知ってるか?」
「ああ、知っているが……お前は?」
「知ってるにきまってるだろ」
いや知らない。条件反射で口から垂れた。
「じゃあ言ってみ」
「いや問題出したのこっちだから」
「ふーん、まあいいけど。それことわざだよ」
「そうなんだー」
「あれ、君今知ってるって言ったよね?」
「ただの相槌だよ」
「そうか、じゃあ昔ここから飛び降りる人が殺到したのを知っているか」
そうなのか。普通に驚愕なんだが、しらを切って頷いた。
「そこから飛び降りると願いがかなったときにけがをせず、もし死んでも成仏できる、ということがあったことから必死の覚悟で実行するという意味になったんだよ」
「そうだったそうだった。思い出したよ」
「そうか、今度はちゃんと覚えとけよ」
そう言うと前に向き直して歩き始めた。なるほど為になった。後でありすに自慢しようと密かに思った。
先に進み、音羽の滝というところに行き、迷わず縁結びの水を飲みに行ったりして清水寺を後にした。そして、京都市内にあるホテルに一泊して夜を過ごした。眠る前に今日のことを振り返りあの舞台から降りたっぽい幽霊がいなかったのはその人が成仏するんだと強く信じていたからなのかなとか考えていたらいつの間にか眠っていた。
誰しもが旅行に行ったら晴れてほしいと願うだろう。そんなみんなの願いをかなえる者はこの世界にはいない。修学旅行二日目はあいにくの雨から始まった。一日目は移動と全体でのちょっとした観光で終わったが二日目はだいぶ自由に行動できる。事前の準備で班を決めてその班に分かれて行動するといった次第である。そこで生まれる一人好きに対する洗礼を目の当たりにして少し心を痛めたことを僕は忘れないだろう。
只今私たちは嵐山にいる。ここはマストで絶対に見た方がいいと様々な資料(漫画やアニメ)で知っていたのでここだけはどうしても譲れなかった。
そして今日心から来てよかったと思った。雨の日の嵐山は雲が山にかかり辺りがかすみがかっていることによって雰囲気がむんむんに出ていたのである。雨が降っても落ち着いた雰囲気が出るのも京都のいいところといえるだろう。
「竹林から嵐山駅まで行くルートで行くよ?」
美しい自然を目の前に思わず仕切ってしまった。それほどテンションが上がっているのだろう。
「おっけー?」
「いいよ」
「ああ」
全員の同意を得たところで俺たちは川沿いを歩いて竹林へと向かうことにする。川にはわたり舟とおぼしきものがありせっかくだし乗ろうかと思ったがまずは目的地に向かうことを優先することにする。
しばし雑談をしたり景色に感動しながら川沿いをしばらく歩くと小さな看板が見えてきた。看板に沿って坂道を歩いて行く。
「うう、また坂道か……」
昨日に引き続いての坂に落胆の声が漏れる。
「まったく、根性ないなーそんなんだから彼女できないんだよ」
「そーだそーだ」
ありすに続いてあけちが適当に賛同して声を上げた。うみちゃんは何してるんだろうと一瞥したが真剣にケータイの画面を見ていたので多分地図を見ているんだろう。ありがとううみちゃん、でもこっち一対二になってるから助けてほしい。
なぜか追い込まれつつ坂を上りきり視線を上げるとそこには背が高く青々とした黄緑色の竹が隙間なく並んでいて、目線当たりの高さの茅葺づくりの柵がその雰囲気を加速させている。その圧巻の光景に各々感嘆の声を上げ写真を撮ったり、上を見上げたり楽しんでいるようだ。ゆっくりと景色を堪能しながら先に進むと〈天龍寺〉と書かれた看板が出てきた。
「ねえねえみんなみんな、ここ通りながら行った方がいいかも」
うみちゃんがケータイ片手に言った。どうやら動線的にも観光的にも行った方が楽しめるようなので俺は同意する。
「そーだね、賛成」
他の二人も同意して入場料を払いざ龍安寺へと入る。
建物の中へは他のルートから入らないといけなかったようだ。がはたしてどうしてそこにあったのは、お寺の壁の方が横広に解放されていてその目の前にテニスコート二面分ぐらいの大きな池が広がっていた。それだけでも圧巻なのだが雨が降っているせいか水面に小さな波が広がっては消えを繰り返していて雨が降っていて良かったと思った。
「凄いね!」
「うーむ、趣が目に見えるようだ」
「何言ってんの」
素晴らしい景色を堪能しつつ次に向かうのは嵐山駅だ。
ケータイでマップを見ながら少し歩いて辿り着つき、そして驚いた。駅の周りを囲むようにお店が立ち並んでいるのだが昔ながらの温かい雰囲気を醸し出していて温かさが見て取れるように感じる。
そこで各々欲しいお土産などを買った。そしてまた京都に来る時があるのならば絶対にここに来ようと決意した。
その後嵐山を後にして集合場所の京都駅に向かった。そして京都タワーに行き最後のお土産タイムを過ごして集合時間になった。
今回修学旅行で京都に来て気づいたことが一つあった。それはいたずらをしてくる幽霊がほぼいないことだった。普通は一人や二人ちょっかいを出してくるめんどくさい幽霊がいるものなのだが観光中にそんなことは無かった。
「京都ってちょっかい出してくる幽霊いないんだな」
唯一霊感があるあけちに呟く。
「そーだな、なんかあってもおかしくないと思っていたが何にもなく楽しく観光できたな」
こうして高校二年生の大イベントである修学旅行が幕を閉じた。
そしてこの後油断して一人幽霊を京都から連れ帰ってしまったことはまた別の話。