夏の雨が降ったジメジメとした日。彼、飯塚優は今日二十歳の誕生日を迎えた。小さいホールケーキをリビングに二人で食べている。
「優、誕生日おめでとう」
そう言って母から手紙を一枚渡された。差出人はなんと二年前に亡くなったはずの祖父だった。
「どうしたのこれ、しかもなんでじいちゃんから?」
「おじいちゃんにね、言われたの。優が二十歳になったら渡してくれって。」
早速、手紙の封を解く。手紙には一言、
「京都に行け。」
とともに、行き先リストが書かれていた。
一週間後……
優は新幹線で東京駅から京都に向かっていた。夏休みを利用して祖父の手紙の真意を確かめようとしていた。しかし、あまり気乗りしていない様子である。それもそのはず、夏の京都にはいい印象がないのである。京都は季節折々の美しさを持っている。秋は紅葉冬は雪景色、春は桜などがあるが夏だけ何もないのである。いや訂正しよう、雨の降っている京都は風情がある。だが、それを上回る暑さ、湿度による不快感がある。それでは美しいものもそう感じれなくなってしまうというものだ。だから夏の京都が好きではなく気乗りしないのである。
そうこうしている内に正午、京都駅についた。新幹線を降りてすぐに上着のシャツを着てきたことを後悔することになった。蒸し暑い。東京よりも暑く感じる。そんな出鼻をくじかれたような気分になりながらもホテルへ向かった。運良く予約が取れたホテルに荷物を置いて目的地の近くにある京都水族館にでも寄ってから行こうと思う。
まず、京都駅に戻り、京都水族館行きのバスに乗った。京都水族館に入るとオオサンショウウオコーナーがあった。次にアザラシコーナー。その次はペンギンコーナーだった。イルカのショーもやっているようだった。しかし、水族館についてはこれ以上語りたくない。ただ言えることが一つ、水族館は一人で来るべきではない。カップル一組一組とすれ違うたび、メンタルがゴリゴリ削れていく。ぼくはもう二度と一人で水族館に行かない。絶対にだ。
無駄にメンタルをすり減らし、疲弊させた後、じいちゃんに指定された場所へ向かうことにした。十分ほど歩くと京都らしさのかけらのない団地に来た。さらに奥へ進むと一件お店を発見した。どうやらここのようだ。
ついにじいちゃんの来させたかった場所に来た。バス停から十分ほど歩いたところにあった。どうやらとんかつ屋らしいがかなり小さいお店だ。頑張っても二十人入れるかどうかと言ったところだろうか。とりあえず中に入ろう。そう思い田舎の古い家によくあるスライド式のドアを開けた。
中は昭和を思い出すようなレトロな雰囲気で少し薄暗い。黒い皮のソファーの席が二つ右に縦に並んでいる。左側にはカウンター、その奥にはキッチンがある。
「いらっしゃい!」
そう言ってくれたのは見るからに元気そうなおばあちゃんだった。そして一番奥の席を案内してくれた。メニューの中にでっかく
『ソースカツ丼!!!』
と書かれていたのを見て他のメニューを見ないでそれに決めてしまった。あれだけ派手
に書かれているのを見たら食べないのは損な気がする。
五分位できた。見た目はキャベツの上にとんかつが乗っていてソースがかかっている。普通のソースカツ丼である。だがこれがいい。ご飯粒一つ残らず頂き本題に移る。そう、なぜじいちゃんはここに来させようとしたのか。まずはさっきのおばあちゃんに聞いてみる。
「あの、すみません。一つ伺いたいことがあるのですが。」
「なんだい?」
「僕の祖父、栗原 涼という人物に心当たりはありませんか?」
すると
「くりはらさんね。昔よく来てたわ。そう……。彼のお孫さんなのね。」
じいちゃんと知り合いだというのだ。何か知っているに違いない。早く知りたいという勢いのまま訪ねる。
「じいちゃんが生前書いた手紙にはここの住所、この場所が書いてあるのです。何か心当たりはありませんか?」
「ああ、きっとこれのことね。」
そう言って、店の二階へ行ってしまった。
五分ほど訝しげに待っていると何かを持って下へ降りてきた。どうやら少し高そうな小さな箱のようである。僕に近寄って、黙って、箱の中身を見せてくれた。
時計だった。
「最後にね、いらっしゃった時にね、置いていったものなの。あなたが来たら渡してくれって言ってたわ。二十歳のお祝いにってね。」
「……預かって頂いてありがとうございます。」
「どういたしまして。そうそう、もう一つ言っていたことがあったわ。自分の好きな夏の京都を楽しんでほしいって。だから私の所に預けていったんだわ。」
「分かりました。本当にありがとうございます。お世話になりました。明日、何で夏の京都が好きだったのか。それを知るために少し見て回ろうと思います。」
「そうするといいわ。またいらっしゃい。」
「ええ、また来ます。」
こうして少し回りくどいじいちゃんの二十歳のお祝いはおわった。