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 黒歴史、と言う物は多かれ少なかれ誰もが持っているだろう。若さや無知故に犯してしまった過ち、それは隠すことは出来ても決して消える事はない誰もが背負う十字架。それが黒歴史だ。
 俺、那谷幸助にも黒歴史がある。それもそこそこ重い物を。
 そして黒歴史は重くなればなる程、それを隠し通すのが難しくなる。当然バレた時のダメージも重さに比例する。だが俺はその黒歴史を隠し通して来た、そしてこれからも隠し通して行かなくてはならない。今、俺の前に立ちはだかる過去最大の脅威に対してもだ。
 そう、過去最大の脅威
「おーい、景色に夢中になるのはいいけどそろそろ京都に着くから準備しとけよ」
 この京都旅行を!

 事の始まりは昨日、俺が通う大学のサークルで起きた。
 一年の俺と二年の金井志保先輩と犬井宗司先輩の三人が所属している『突発的小旅行サークル』通称『ぶらり旅の会』。その部室で雑談をしていた時、俺が不意に発した一言
「先輩方は修学旅行何処に行ったんですか?」
 この直後部室の空気が凍り付き、俺は地雷を踏んだ事を理解した。
「その………家庭の事情で修学旅行行けなかったの」
「笑えよ、修学旅行の前日に必ず病気か怪我をした俺を」
 顔を伏せる金井先輩と乾いた笑いが口から洩れ続ける犬井先輩、俺の発言から生まれてしまった地獄を前に混乱していた俺はこんな事を口走った。
「じゃあ今からでも行きましょうよ! 修学旅行!」
 この発言に二人は笑顔を取り戻し、嬉々として旅行の計画を立て始めた。ここまではただ単にサークル活動の内容が決まっただけだった。
「じゃあ修学旅行っぽいプランは那谷に任せるな」
「はい! 任せて下さい」
「よろしくな! 『京都』の旅行プラン!」
 ここから全てが狂いだした。
「えっ、京都?」
「うん、さっき那谷君中学の修学旅行京都だって言ってたでしょ?」
「いや、まぁそうですねハイ」
 そう、俺の修学旅行は中学では京都 高校では長崎に行った。
「そんなにキッチリした奴じゃなくて、思い出せる範囲でいいから。よろしくね」
「………分かりました」
 その後は宿泊場所と移動手段の都合を付け、大まかな事だけ決定した。ウチのサークルが旅行をするときの基本の流れだ。
「じゃあ出発は明日8時、駅に」
「ええ、また明日」
 先輩方はまだ残るらしいので一人で部室を出る、そして。
 出来る限り急いで帰宅する、一分一秒も無駄には出来ない事情があったからだ。

 自室に戻って即座にパソコンを起動し、検索ツールに『京都 修学旅行』と入力。検索結果を上に表示されている物から順番に流し読みしていった。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!」
 何故こんなにも焦りながら行った事のある筈の旅行予定を検索するのか、その理由は。
「中学の修学旅行とか全行程バックレたから忘れた以前に知らないんだよなぁ………!」
 そう、簡単に言うと。俺は中学時代グレていた。
 何故グレたかの理由はもう思い出せない程度には下らなかった、当時は前科が付かない程度に色々やって。修学旅行も参加はしたが本来の行程を無視して適当に遊び歩いていた。
 その後高校入学と共にある教師に出会い、性根を叩きなおされた俺は改心してそれからは真面目に生きていた。当然グレていた過去を隠しながら。
「今から準備にかかる時間を含めて考えると………寝不足確定だな」
 かつてない程PCの画面に集中して情報を集めていく、とにかく詰め込むだけ詰め込んでから取捨選択をすればどうにかなる! と思う。

 そして現在、新幹線は無事京都へ到着した。
「じゃあ那谷、ここからはよろしくな」
「はい、じゃあまずバスに乗って―」
 緊張を表に出さないよう注意しながら案内をしていく、移動経路を調べるフリをして頭の中で予定を組み立てるのも並行して。
「那谷君、今日の予定はどんな感じなの?」
「それについてはお楽しみ、と言う事でお願いします」
 移動中に来た金井先輩の質問は予想済みだったので用意しておいた答えで返す。

「と言う訳でまずは超有名スポット、清水寺です」
 最初に選んだのは基本コースに入れられていた清水寺だ、修学旅行としては欠かせないだろう。
「おー、ここが有名な」
「よくテレビでも見るよね」
 幸い先輩方の反応も良い、ひとまず安心だ。
「とりあえず一回りしてから下のお土産とかも見ましょうか」
「そう言えば那谷が来た時は何か事件とか無かったのか?」
「え?」
 二人の視線に期待が籠っているのが見るだけで分かる。しかしマズい、こんな質問想定していなかった。かと言って何もないのは怪しまれるかも知れない、ここは適当に。
「えーっと、清水の舞台から飛び降りた奴が」
「本当にやったの?!」
「は流石にいませんでしたね!」
 流石に無理がありすぎた、慌てて誤魔化す。
「さぁ予定はまだまだありますからさっさと行きましょう!」
 少し強引に進んでいく、これ以上話していたらボロが出そうだ。

「次は金閣寺、ここも王道中の王道ですね。正式名称は」
「鹿苑寺だっけ?」
「………その通りです」
 辛うじて仕入れた知識で慣れてる感を出そうとしたのが失敗した。だがまだある
「ここで写真を撮る時特に綺麗な撮り方は」
「水面に映る逆さ金閣寺、でしょ?」
「………そうですねー」
 これ以上下手な事を考えると逆に恥をかきそうだ。
「手短に回りましょうか」
「ねぇ、何か怒ってない?」
「いえ、全く」
 
「金と来たらお次は当然銀、と言う訳で銀閣寺です」
「金閣寺からは結構離れてるんだな」
 そう、まるでセットの様な名前なのに実際は移動にバスで三十分程かかる。
「共通項名前だけだし、その名前も正式じゃないんだから当然じゃない?」
「そう言えば何でこんな俗称になったんですかね」
「修学旅行の時に聞いたりしなかったか?」
「いや、無かったですね」
 単なる隠し事ではなく明確な嘘を吐くのは気が引ける、がこれも隠し通す為に必要な事だから仕方ない。

 銀閣寺、もとい東山慈照寺を見終える頃には時間は五時を回っていた。
「この次はどこに行くの?」
「あぁ、ホテルに帰ります」
「え、もう? ちょっと早すぎない?」
「修学旅行の初日ホテルチェックイン時間としては少し遅い位ですよ」
「あ、そうなんだ」
「ええ、まぁ今回は修学旅行の再現を優先してこの位の時間にしました。じゃあホテルに行きましょうか」

 取っていたホテルに着いて部屋に入る、当然だが男女一部屋ずつだ。
 部屋に入るなり犬井先輩が風呂に行ってしまったので部屋のベッドに転がり、スマホで明日の予定を確認していた。
「はぁ………無理にでも長崎にして貰っていればこんな苦労しなくてよかったのに」
 高校の時に行った修学旅行の光景は今でも鮮明に思い出せる、それほど楽しかった。中学の時も真面目に参加していれば同じ様に楽しめたんだろうか。
「………?」
 ここで一つ疑問が俺の中に生まれた。何で高校の修学旅行は中学の時のよりも楽しかったんだろうか。
 中学の時、俺達は自由だった。親も教師も何も言わない状態で好き勝手していた。それに比べて高校の修学旅行は興味が無い話を聞かされたり見たりして、常に教師の指示に従っていた。特別な場所に来ているのに興味のない事ばかりで旅の何が楽しかったんだろか?余っている時間を使って少し考えてみる事にした。

「――おーい、那谷。起きろー」
 振動と声で意識が覚醒する、何時の間にか寝ていた様だ。犬井先輩が俺の体を揺らしながら声をかけていた。
「あー、先輩。今何時ですか?」
 今気づいたが疲れた脳がスッキリしている、結構な時間を寝ていたみたいだ。
 犬井先輩が無言で部屋の時計を指す、その時計が示していたのは七時を少し過ぎた辺りだった。
「あれ? そんなに寝てな」
 い、と言いかけたその時気づいた。時計版中央にあるデジタル式のカレンダーが示す日付が記憶より一日進んでいた事に。
「………俺どんだけ寝てたの!?」
「とりあえず着替えろ、もう俺も金井も準備は終わってる」

 午前九時 何とか本来の予定通りホテルのロビーに集合することが出来、そのまま出発した
「那谷君昨日ホテル着いてからずっと寝てたんだって?」
「………お恥ずかしい事に」
「別にいいけど、これからは旅行前の夜更かしはなるべく止める様にね」
「まぁ時間的な遅れは無かったんだしいいだろ。それで? 今日の予定は?」
「あぁ、今日の予定ですか。もう全部決まってす」
「へぇ?」
 そう、昨日俺が眠りにつく前に考えていた事。その結論は出ていた。
「今日は、一日自由行動です」
「「………えっ?」」
 先輩方が全く同じタイミングで同じ声を出していた。
「どうしたんです?」
「いや、修学旅行で自由行動丸一日ってアリなの?」
「勿論、珍しい事じゃありませんよ。俺もそうでした」
 ただ自由なだけだった中学時代、俺はその自由をただ何も考えず過ごしただけだった。
「それならまぁ、アリか」
「ええ、アリです」
 自由が限られた高校時代、俺達はその自由を全力で謳歌した。だからあんなに楽しかったんだ。
 ならやり直そう、この自由を。今度こそ全力で、黒歴史なんて忘れる程に。
「さぁどこへ行きましょうか?名所でも名物でも 自由行動らしく、どこでも好きな所に行きましょう!」
 行き先も、目的も、何もかもこれから決めよう。今日だけは自由なんだから。