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 一つだけ言っておきたいことがある。
 君は神を信じるだろうか。
 この質問は、おふざけでも場を和ませるためのジョークでもない。
 私は至って真面目だ。
 神は世界を創造し、世界を導いた。
 なのに、神への信仰心が年々減っている。
 神の偉大さを人間らは理解していない。
 なぜ、信仰をしない。
 なぜ、存在を認めない。
 神は世界の救済処置だ。
 幾多の世界の危機を救ってきた。
 人間達を産みだしたのは神様だぞ。
 崇め、敬え、奉れ。
 ようやく、興味が尽きない文明を作り上げたというのに。
 神をないがしろにするとはどういうことだ。
 私だって遊びたい。
 私だって恋をしたい。
 私だって羽目を外したい。
 ゴホン、失礼。関係のないことまで話してしました。
 兎に角、神を信仰しなさい。
 私に構いなさい。


 僕は、京都にある友人宅に遊びに来た。
 アポなし訪問だったが、心の優しい友人は快く歓迎してくれた。
 とはいっても、友人は大学やバイトやらで、忙しく僕に構う余裕がなかった。
 暇で暇でしょうがない僕は、京都観光のタイトルの雑誌を適当に開き、そこに向かうことにした。見事選ばれた観光地は、鞍馬山だった。
 元々はホテルに泊まる予定だったから、お金だけはたっぷりある。ザックも大きい荷物入れにし、持ってきている。後の必要な持ち物は友人に借りるとしよう。
 翌日、五時起きで鞍馬山に向かった。当然の如く、京都駅には人が少なく。鞍馬山行きのバスには人が乗っていなかった。
 バスから降りると、天気予報通り雨が降ってきた。
 友人の雨具を来て、準備万端。
 山の天気は変わりやすいと言うが、鞍馬山には天気が変動する程の標高はない。
 大きな門構えの前に受付が置かれていた。どうやら入場料が掛かるようだ。鞍馬山はただの山ではないと言うことか。
 受付の爺さんに入場料を払い、パンフレットをもらった。
 パンフに寄ると鞍馬山にはお寺があるようだ。
 源義経を祀り、天狗を奉る。
 山の神様と言えば天狗様。やはりそうだよな。
 小学校の頃、父さんに連れられ山に登った。その頃から天狗に会うのが夢だ。もしかしたら今日、夢が叶うかも知れない。
 赤い顔に大きな目、そして長い鼻。袴を着て、下駄を履いている。漆黒の翼が生え空を自在に飛ぶ。
 期待を胸に乗せ、寺を素通りし、山に入る。天狗に会うために。
 

 暇だな。退屈だな。雨の所為で余計に気持ちが沈んでしまう。
 今日は、人間は来なさそうだし。何か退屈しのぎはないものか。
 水溜りを飛び越える遊びも飽きたし。
 結局、いつものように木の幹に横になるしかないのか。
 ああ、暇だ。
 両足を幹に掛け、空中ブランコで遊んでいると、楽しみが近づいてきているのを感じた。
 急いで地面に飛び降り、木陰に隠れる。
 相手は一人だ。なら、緊張することはない。
 精々、良いリアクションを取るのだな。人間よ。
 近づいてくる人間は雨具を着て、帽子を被っている。その所為で顔が見えない。だが、匂いを嗅ぎ分ければ性別は分かる。
 ふむ、随分と若い男のようだな。
 それでは、正面から堂々と脅かしてやろう。
 男が間近まで来た。男の前に大声を上げて前に出る。だが、男は私の存在を認識していないかのように素通りした。
 雨の音で声が聞こえなかったのか。それとも、男は何か思い悩んでいるのか。
 しかし、私は脅かしが失敗した理由を直ぐに思いついた。自分の顔が赤くなる程の失態を自覚してしまった。
 しまった、人間が私を認識できるようにするのをし忘れてしまった。


 なかなか天狗様に会えないな。
 流石に防水加工の靴は持って来ていなく、スニーカーを履いている。スニーカーの中は水が入り込み濡れている。
 辺りは木々一色。杉なのか、緑よりも茶が目立つ。地面も茶だから、見栄えが良くない。進んでいるのだろうが、こうも景色が一緒だと不安になる。登ったり下ったりをしているわけだし。
 靴さえ替えれば気落ちすることもなかったのに。天狗様出てきてくれ。テンションを上げさせてくれ。
「おい、そこのお前」
 天狗か!
 振り向くと、僕の前には中学生くらいの背丈の者が立っていた。
 天狗の面を被った、天狗の姿をした少女。声を聞く限り少女ではある。ていうことは人間か。天狗じゃないのか。
「お前、私の相手をしろ」
 腕を組み、僕の前に立つ少女。
「どうしましたか。迷子ですか。だったら、一緒に行きましょう。ほら、手を繋いでください。もう恐くありませんからね」
 仕方ない。取り敢えず安全なところについたら警察に連絡するか。
「子供扱いするな。私は神だぞ」
 この年で厨二病を煩っているのか。なんて悲しいのだろう。
「なんだ。なんで、頭を抱えている」
 しかし、この年で天狗のコスプレをするとは。この娘やりおる。
「さてはお主、私が神でないと思っているのか」
「はいはい、そうですね。神様だー。凄―い」
「棒読みをやめろ。お主確実に信じていないだろ。さてはお主、神や怪異を信じない質だな。ならば、私が諭してやらんと」
 僕は少女に何故か話を一方的に聞くことになってしまった。


「これで私が神だと信じるな」
 これだけの力説。納得するに違いない。 
 私は自慢げに、鼻息を鳴らして聞かせた。
「そうですか、友達がいなくて寂しいんですか」
 絶対に分かっていないな。
「それより、このお面は何処で売っているのです。ちょっと貸して下さいな」
「こら、やめろ。触るな。それはお面ではない。私の一部だ。ニコニコ顔で近づくなサイコパスやろう」
 なんなのだ。人間怖い。こんなおっかない行動をとる生き物だったか。
「そんな言い方されると傷つくな。でも、ごめん。少し調子乗ったわ」
「分かれば良い」
 しかし、この男にどう私が神であるかを証明するか。
 私は頭をひねる、アイデアを絞り出す。
「まぁ、あなたが普通の人間ではないことは知っていましたけどね」
「な、本当か。だが、どうして信じれた」
「だって、その着物全く濡れていないじゃないですか。触れたことから幻覚でないことは確か。幽霊なら多分触れませんし。ひょっとして妖怪ですか」
「神じゃい。この顔で私が何者かわかるだろ」
「天狗の面で顔が見えませんよ」
「これが顔じゃい。お主、いい加減私をからかうのを辞めてくれ」
「嫌ですよ。俺、京都来てから退屈だったんで、こうして誰かと話せて嬉しいんです」
「そ、そうか。それは良かったな」
「照れているのですか。自称神様」
「うるさいわい。それと、自称を付けるな」
 この男に会話のペースを持って行かれている。なんてことだ。神の威厳が。
 だが、神だと証明することが出来た。あとは、私の相手にしてやるだけだ。
「そんなに嬉しいのであれば、お主、私と遊べ」
「今日は無理ですね」
 にっこりスマイルで拒絶。人間に断られるなんて、この世は神を崇めないのか。


 あれ、もしかして傷つけちゃったかな。
 僕は失言した可能性を考えた。それでも失言はない。
「えーと、神さん。今日は無理なだけで、明後日なら大丈夫ですよ」
「あ、なんだ。そういうことか。ややこしい言い方しなさんな」
 静止から解放された神様をみると、本当に傷ついていたのか。
「神さんって子供ですね」
「こ、子供だと。何をいう。お主よりも何千倍生きているわ」
「そう、直ぐ怒るところも子供ですね」
「ふ、ふむ。そうだな。確かに、神様は寛大でなければならんな」
 何はともあれ、元の調子に戻って良かった。
「じゃあ、時間もそろそろお昼になってしまうので帰りますね」
「そうか」
 悲しい声だ。お面で表情が読みにくいと最初は思ったが、案外素直な神さんだ。
「大丈夫ですよ。直ぐ行きますから」


 こうして、神様と約束をした僕は友人宅に戻った。
 京都の観光は思ったよりも楽しく、夏休みを思う存分満喫した。
 東京の自宅に帰り、日記帳をつけようと即座に感じた。
 最初の観光地は何処だったか。確か鞍馬山だ。
 僕は、この時、大事な約束をしていることに気付いた。
「ああ、天狗ちゃん落ち込んでいるだろうな」
 頭を抱え、どうしたらと考える。
「まぁ、今度で大丈夫か」
 僕が切り替えようとしたとき、インターホンが鳴った。覗き穴からは誰も映っていなく、ドアをあけ玄関を見渡すも誰もいない。
「後ろじゃ、お主」
 聞き覚えのある声、振り返るとそこには、赤い面を付けた小柄な姿が。