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 世間では、まひる、せつな、はやて、あまね、はるねの五人組アイドルグループ『時鳥(ホトトギス)』が流行していた。彼らの歌は町中で流れ、知らない者はいない。『時鳥』と言えば、誰もが「知っている」と声を上げて、好きなメンバーや曲を語りだす。

「京都に行こう」 
 大野佐奈は、隣に座る二宮理沙に声を掛けた。二人は幼稚園からの仲で、今年大学生になった。学校は違うが、場所が近いので時間が合うときは一緒に通学をしている。
「なんで?」
「まだ見てないの?」
「何を?」
 佐奈は、理沙にスマホの画面を見せた。そこには、『時鳥(ホトトギス)』の京都旅行が雑誌に特集されると書いてあった。
「え!?」
 理沙の声は、静かな車内に響き、注目を浴びる。理沙は少し頬を染めながら、小さく尋ねた。
「この雑誌、発売いつ?」
「明日だよ」
 佐奈は楽しそうに答えた。

 それから一ヶ月。
「ここだ!」
 理沙は、嬉しそうに指を差す。そこは抹茶共和国。京都府宇治市にある抹茶専門のお店である。
「ここが、あまね君とはるね君が写真を撮ってた場所だね」
 佐奈は、手元にある雑誌を確認しながら、言う。それに理沙は頷いた。
「そうそう!」
「私は、あまね君が飲んだ濃い抹茶ラテにしようかな」
「じゃあ私は、はるね君の抹茶コラーゲンにする」
 二人は楽しそうに店内に入って行く。 
 店の中は落ち着いた雰囲気で、お洒落なインテリアが飾られている。入り口から右手側がレジ、左手側に商品が置いてあり、中央にはテーブルとイスが並んでいた。オープン時間は十時。開店から、まだ二十分程しか経っていないが客は、二人以外にも数名おり、人気なのが伺える。
「ねえ、ホトトン持ってる人いる」
 理沙は小声で、佐奈に話しかけた。
「ほんとだ。ピンク色だから、はるね君推しかな?」
「そうだね! 私と一緒だ」
 そう言って、理沙はバックから、ピンク色のホトトンを出した。
 ホトトンとは、『時鳥』のイメージキャラクターである。ホトトギスのデフォルメされた形をしており、目の色は黒。それ以外の身体はメンバーカラーになっている。
「私のもあるよ」
 佐奈もバックから、ホトトンを取り出す。佐奈が持つのは、あまねのメンバーカラーである水色のホトトンだった。
 店内を改めてみると、皆、ホトトンを手に持っていたり、リュックにつけていたりしている。これが、『時鳥』の与える影響力だ。

 抹茶共和国から次の目的地に向かう途中。二人は道に迷っていた。
「ここ、どこだ?」 
 理沙は、スマホとにらめっこをしながら言った。
「スマホのGPS仕事してよー。佐奈のは?」
「ごめん。充電切れ」
「モバイルバッテリーは?」
「あるよ」
 佐奈はカバンからモバイルバッテリーを取り出して、スマホの充電を始めた。
 ふと、佐奈は溜息をつく。
「ここに、ホトトギスがいればね」
「え?」
 驚く理沙に、佐奈は言葉を繰り返す。
「ホトトギスだよ」
「なんで?」
「アイドルじゃないよ?」
 佐奈は、少し寂しそうに微笑む。
「えっ、じゃ、鳥だよね?」
「そうだよ」
「なんで?」
「忘れちゃったの?」
 佐奈は、理沙の顔をじっと見ながら首を傾げた。理沙は、頭をフル回転させて考えたが、『ホトトギス』と言われたら、アイドルの『時鳥』の事しか、出てこなかった。
「ご、ごめん」
 佐奈は、悲しそうに「そっか」と言って、昔話を始める。
「小学三年生の時、二人で小学校の裏にある森に探検した時に……」
「あ!」
 佐奈は話の途中だったが、理沙が遮った。
「思い出した。あの時に迷子になって、帰り道を探してた時に聞こえた鳥の鳴き声が、ホトトギスだったんだよね?」
「そうそう」
 佐奈は、大きく頷く。
「それで、その鳴き声を追いかけてたら、いつの間にか森から出てきてた」
「思い出した?」
「うん」
 理沙は申し訳なさそうに笑った。佐奈は、理沙の表情を見て、呟く。
「これが理由じゃなかったんだ……」
「何が?」
 佐奈の声は小さかったが、理沙は聞き逃さなかった。佐奈は、独り言のつもりだったのか、びっくりした様子だった。
「『時鳥』を勧めてきたの」
「えっ?」
 理沙は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。その顔を見て、佐奈は笑いながら答えた。
「私の考えすぎだったね。理沙が、すごくお勧めのアイドルがいるって珍しいなと思って聞いてたら、『時鳥』だって言った。『ホトトギス』は、思い出の鳥だったから」
「考えてなかった……、なんかごめん」
「いいよ。『時鳥』の歌好きだし、理沙と話し出来るの楽しいし、あと、すぐに思い出してくれたからね」
 佐奈は満面の笑みを浮かべる。
 その後、佐奈のスマホが復活をして、元の道に戻った。

 二泊三日が過ぎて、帰りの新幹線が二人の待つホームに着く。扉が開き、二人は重いキャリーバックを引きずりながら乗り込み、指定席に向かう。着くと、理沙は荷物を棚に上げて、席に座る。佐奈も理沙の後に続いて、隣の席に座ると、新幹線が出発した。
「あっという間だったなー」
 理沙は窓の景色を眺めた。
「そうだね」
「楽しかったね」
「うん。また行こう」
 新幹線は京都駅から、どんどんと遠ざかり、二人の家がある方へ向かう。

 どこかで、ホトトギスが鳴いた。