六月某日、日曜日の午後。天気は曇り。東京国立博物館のテラス席に、特に裏の顔はない四人の小学生が集まっていた。
彼らの表の顔は、都内の某小学校五年三組所属、カッコイイ写真を撮ることを目標とする、カッコイイ写真部の構成員である。
その中の一人、帽子をかぶった少年が話を切り出す。
「それでは、会議を始めよう」
帽子の下から覗く鋭い眼光。口元に浮かぶ不敵な笑み。腕を組み、自信に満ち溢れた声。帽子に隠れた不似合いな坊主頭を見なければ、彼からカリスマ的なものを感じる人だっているかもしれない。
いかにも偉そうな彼こそカッコイイ写真部のリーダー、佐々木真。着ている仮面ライダーのTシャツは、最近買ってもらった一番のお気に入りだ。
「ジゼンにも伝えた通り、今回のモクヒョーは本館の入り口しょうめん、大きな階段だ。フンイキも良さげで、なんかイイ感じにカッコイイ写真が撮れるはずだ。まずはテーサツの結果を聞こう。中井」
「ハイ」
名前を呼ばれ、佐々木の正面の席でヒョロ長の少年が立ち上がる。
中央でキッチリ分けられた髪型。四角のメガネをあげる所作。意味もなく持ち歩いている国語辞書。見る人が見れば、こいつは頭が良さそうだ、と思うことだろう。
自分で考えた賢そうな要素を纏った彼は、カッコイイ写真部の参謀、中井学。先ほどから何度も天候を気にしているのは、辞書の分荷物を軽くしようとして、折畳み傘を持ってこなかったからだ。
「階段は封鎖などはされておらず、あのロープの柵みたいなヤツが置かれているだけでした。警備員は一人のみ。突破は容易かと。それより問題なのが一般客です。やはりカッコイイ場所を撮影する人が多数です。下手に騒ぎを起こせば迷惑になってしまうと思われます。報告は異常です」
「うむ、ごくろう」
席に座る中井。投げ捨てるように辞書を机の上に置く。
佐々木は何度かうなずき、言葉を続ける。
「予想はしていたが、やはりメーワクになってしまうか。だからこそ、こうして終わりの時間ギリギリを狙っているのだが。それでもメーワクはさけられないだろう」
大きく息を吸い、そして吐く。佐々木の目には何か強い決意が宿っている。そんな気がするような気配というかオーラというかが彼から滲み出ていたのかもしれない。
「カッコイイ写真のための仕方ないギセイだ。山野先生にはオレが怒られておこう」
空を見上げ黄昏る佐々木。今にも降り出しそうな空模様に、中井は表情を曇らせる。
「では次だ。山森」
「はーい」
中井の隣の席の、小太りの少年が返答する。
そのユルイ態度から、ただのオニギリ頭のデブキャラと侮ることなかれ。
給食当番では佐々木並みのリーダーシップを見せ、中井並みの記憶力で一ヶ月分の給食の献立を暗記し、給食が食べきれず困っている人を見れば助ける。
限定的な状況で実力を発揮する隠れたエース。給食界のスター、大森悟飯。セロリ以外で彼に食べられない給食はない。
「あのねー、お団子とか、アイスとかもあったけど、みんなで食べるならポテトがいいと思いまーす」
「ふむ、悪くない。が、ケチャップはついているのか」
「えっとねー、ケチャップとマヨネーズもついてたよー」
「マヨネーズもか。決まりだな」
大森の言葉を聞き、佐々木は満足げに笑ってみせる。
「最後だな。柊」
「はいはーい」
元気よく応えたのは、佐々木の横に座る少女。てか天使。動きに合わせ跳ねるように揺れる黒髪セミロングとかマジ萌キュンで、星空の如き煌めきを見せるクリクリのお目々に吸い込まれちゃうし、その元気な笑顔は世界を彩っちゃって、活発さを引き立てるチョイ日焼けした肌とか反則だし、健康的で引き締まった身体に余計な飾り立てはしない白シャツにハーフパンツは超天才じゃん。
そう、柊茜はカワイイのだ。
事実、先はどから中井は何度も柊をチラ見しているし、佐々木は帽子の下からガン見しているし、大森は明日の給食に思いを馳せている。
そんなことなど一切気づいた様子もなく、柊はカメラを取り出す。
「じゃーん、ほらコレ、パパから借りてきたよ。手ブレがナントカで、ヒョージュンがドウノで、レンシャがたくさんだって。わかんないけど、すごいやつ」
「つまり、万全ってヤツだな」
わかったような雰囲気を醸し出す佐々木。彼は今一度、全員を見回した後、おもむろに席を立つ。
「では、仕上げの準備と行こうか」
レジカウンターへと歩いていく佐々木の背中は、まるで百戦錬磨の猛者に見えると言っても嘘にはならないのではないのだろうか。
和かな笑顔を向けてくる店員に対し、彼は簡潔に、こう伝えるのだった。
「ポテト、大盛りで」
佐々木は『ソレ』を持って戻ってきた。周囲に広がる芋の匂いが、彼らの食欲を刺激したことは想像に難くない。大盛りの『ソレ』は、四人で食べても十分な量であることが見てとれる。同時に、立ちのぼる湯気が『ソレ』が揚げたてである事を否応なしに理解させる。
「腹が減っては戦はできぬ、と言うヤツですね」
「わーい、ポテトだー」
「いい匂ーい、美味しそーだね」
三者三様の反応を見せながらも、みな一様に『ソレ』の虜となる。そんな中、佐々木だけが落ち着きを見せる。
「オレの奢りだ。まあ、軽いゼンショーセンだと思って、仲良く分け合って食べようじゃないか」
佐々木が手を合わせれば、三人もそれに続く。
「それでは」
「「「「いただきます」」」」