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 課題とはいえど、博物館に行くのは面倒だな……。そう思いながらも、手足を動かし寝巻きから私服へと――出掛け服へと着替える。
「圭吾(けいご)ー、そろそろ出ないと遅れるよー」
 俺は一言返事をする。母さんは忙しなく言葉を掛けてくる。こんな土曜の朝くらい静かにしたいものだ。
 博物館に行くだけである。持ち物は財布とスマホがあれば十分だ。母さんに行ってきますとだけ挨拶をして、家を出た。
 西武池袋線に乗り、目的地へと向かう。電車内はコロナのおかげもあり、人も少なくゆったりと座りながら向かうことができた。電車内は冷房を効かしており、電車外から注がれる太陽の光はカーテンにより遮光され、心地よい空間のまま車内の時間を過ごした。
 池袋に着いてからはJR線に乗り換えて、目的の博物館がある上野駅を目指す。
 JR線は西武池袋線より人が多く、都会は流石に人が多いか、と感じながら電車内に乗り込んだ。西武池袋線とは違い、座れることはできなかったが、入り口付近のドアに寄り掛かることができた。上野に着くまでの十数分間、YouTuberのじゅきやのナンパ動画を見ながら暇をつぶした。
 すると、LINEの通知が来た。名前を見ると、待ち合わせている関大輝(せきだいき)からのメッセージだと分かった。
『大丈夫? なんかあった?』
『ごめん! ちょっと遅刻』
 俺が現在進行形で遅れているため、大輝は連絡を入れてくれたのだ。その良心に応えるべく、LINEを打った後、スマホに向かって『ごめん』と頭をほんの少し下げた。

 

 博物館の最寄りに着いたのは、約束の時間から十分ほど遅れた昼過ぎだった。俺は降りると同時に、『あと、五分で着く』とLINEを打ち、スマホをポッケにしまった。
 それから俺は、一度もスマホの画面を見ることなく走った。目的である博物館への道は所々にある地図の看板を走り見しながら確認をした。
 目的地である博物館へ到着すると、手笠を作りながら、俺に手を振る青年が門の前にいた。俺は遠くから会釈し、声が聞こえるくらいの距離感になったところで、ごめんごめんと二回謝った。
「いいよ、別に。そんな気にしないで」
 そんな優しい投げかけの言葉を聞きながら、俺はスマホを見た。すると、ホーム画面には十二時五十分書かれていた。二十分の大遅刻である。大輝は、お日様も天辺から天辺を過ぎる頃まで待っていてくれていたのであろう。――立ったまま。
「ずっとここで待ってて、くれたの?」
 俺は少々息を取り乱しながら聴くと、大輝はまぁね、と一言だけ呟いた。
「そんなことより、早く行こうよ。早く見て早く帰って、課題終わらそ」
 気にするなと言わんばかりの言葉を並べる大輝。俺はその優しさに感謝しながら、うなずいて、大輝の後に続いて博物館へと入館した。

 博物館が一つだと思っていた俺は驚いた。パンフレットを見ると、四つも載っていることがわかったからだ。だが、それよりも俺は入館して広場に立ってから感動を覚えたことがある。
「博物館、超立派じゃね?」
 博物館の大きさに感動したのだ。俺が見たことある博物館はせいぜい動物の森に出てくる、あの博物館だ。本物を目の前にして、大輝に当たり前のことを言ったのだ。
「まぁ、博物館だからな」
「いや、全部でけぇとかすごすぎんだろ……」
 俺が一人でぶつぶつと言っている間に大輝はスタスタと館内へと歩き出してしまった。待てよ、と言いながら俺は大輝の後を追うように館内へと入って行った。この時の俺は、先ほどまでの面倒だとかいう考えはなくなっていた。代わりに、中はどんな感じなのだろうか、どんな展示物があるのだろうか、とワクワク感に満ち溢れていた。

 入館するとすぐに、何体もの仏像が展示されていた。俺は大輝が見た後に、入れ替わるように見る。仏様はなんとも言い難い雰囲気と古風を感じさせ、現代を生きる俺でも何となく凄さが分かる。その後は似たような仏像を見た後に、刀の刃を何種類か見た。
 刃も本当にその年代(江戸時代)などに作られたものとは思えない輝きを放っていたり、その時代の匠の技がその展示作品によって物語られているように感じられた。

 しかし、このあとの展示品より地獄が訪れる……。

 順に展示物を見ていくと、俺はワープしているような感覚に陥った。
「あのさあのさ、ここさっきとほっとんど何も変わらんくない?」
 大輝に近づいてから大輝に聞くと、大輝は苦笑し――仏像を見ながら答える。
「変わるんだよ。よくみろ。」
 大輝の言ったようによく見てみるが、あまり違いがわからん。
 俺にはまだ博物館は早すぎたのかもしれない。そう思いながら、俺は流し見を始めた。博物館を流し見とは贅沢なことをしているんだろうな、と思いながらも感情を無にして、一つ一つの作品を見た。

 ようやく一つの博物館が見終わった。かかった時間は――スマホを見ると一時間ほど掛かっていた。俺は大広場にあるベンチに座り、途中で追い越した大輝を待つことにした。その間、優しい風が俺を癒し、目の前にある濁った池が目を癒してくれた。
「足も目も疲れるわ」
 独り言を呟きながら、目の前を通り過ぎる老若男女を観察する。そこで、ジュキヤのナンパ動画を思い出し、ナンパをするのもいいな。とも思ったが、やはり疲れには勝てず、足が動かなかった。
 それから十分ほどして、俺が先ほど出てきた館から大輝が出てきた。俺が手を振ると大輝も手を振り返してくれた。大輝がベンチにいる俺に近づいたところで俺は声をかけた。
「疲れんかった? 俺めっちゃ疲れたんだけど、特に足」
 俺はそう言いながら、足を指差す。すると、大輝は立ったまま腕を組み、口を開いた。
「疲れたけど、あと三つあるから――時間も掛かっちゃったし、次行こ」
 俺はその大輝の言葉に苦笑しながらも、両膝を叩き気合を入れて立ち上がる。
「よし! あと三つ! 頑張るか!」

 

 ――二つ目も見終わるのは俺が先だった。先に入ったのは大輝なのに、出てくるのは俺の方が早いとか。博物館向いてないのかもな……。
 そんなことを思いながら、先ほどのベンチに座り、空を見上げていた。
 最初はあんだけワクワクしてたのに、今や辛いの一言に限る。軟弱なのか、それとも、興味がない故の辛さが精神を蝕むのか……。――両方だろうな。
 そんなことをボケーっと考えていると、よっ! という声がした。目を空から外し、顔を右に傾けると、そこには大輝がいた。先ほどよりは早く出てきたらしい。
「今回は割と早目だったな」
「まぁね。あんまりさっきと変わらなかったからね」
 俺たちは笑いながら、だよなぁと共感をした。すると、大輝は一つの館について話し始めた。
「四つのうち一番小さいところだけど、ハニワとかしか展示してないって。どする?」
「じゃあ、行かないでいいんじゃね?」
 俺が半笑いしながら言うと、大輝はじゃあ、いっかと笑い返してくれた。俺たちは最後の館を二人で見て回った。
 言わずもがな、三つ目も俺は無心で見て回った。――本当、博物館に来た意味、よな。
 俺と大輝――大輝はそうでもないが――見終わると同時に逃げるように門を出た。そして、一瞬だけ振り返り、博物館への想いを心の中で呟いた。
 俺に博物館は早すぎた。
 次に来るのはいつになるのだろうか。
 もしかしたら――。
 俺は大輝と二人並んで歩き、博物館の話をしながら帰宅した。