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「みて、みて。この刀。凄い綺麗だよねー」
 透明なケースの中に入っている刀を、彼女は羨ましそうに見つめていた。
「この束とかさ。短いのに力強くて逞しい。細く煌びやかな刀剣を支えているって感じかな」
「俺に聞かれても」
 そう答えると、彼女は怒った表情をした。
「ねぇ、あんたから誘って来たんでしょ。なのに、どうしてつまならそうにしてるの」
 大きな声に、周囲の人達が俺らの方を見た。
「ちょ、お前うるさい。ここは静かにする所だぞ」
 彼女は、不機嫌な様子で、スタスタと他の展示物を見ずに歩いて行った。
 俺は、だまって後を付ける。
 展示場を抜け、広間に出ると、彼女は立ち止まる。
「私達さ。別れよう」
「はぁ、なんでそうなる」
「だって、空良。楽しくないでしょう。私と居て」
「そんなわけないだろう」
「私は楽しくないよ」
 俺の反論ごと、彼女は投げ帰す。
 この状況はなんだ。俺が悪いのか。いや、俺が悪いのだろう。
 俺達は、こうして別れることになった。

「へぇー。それで、彼女と別れたのか。馬鹿だな、お前」
「やっぱり俺が悪かったのか」
「それ以外何があると言うのだ」
「いや、確かに何もないけれど。でも、理由が分からない」
 二年経ち、大学生となったと俺は、同じサークルの雅也と東京国立博物館にいた。
 春が過ぎ去り、少しねっとりとした暑さが感じられる。
 どうして、男二人が広間のベンチで語り合っているのかというと、大学のレポート作成の為の資料集めだ。
 世界史の資料。中国文化の歴史。清の暮らしなど。いろいろ。
 正直、彼女と別れた場所に訪れたくはなかった。
 あの日の思いでは、思い出すだけで喉の奥が酸っぱく感じる。
「なぁ、空良。お前、彼女のこと。本当に好きだったのか」
「嫌いじゃないのに付き合ったりしないでしょう」
 すると、雅也は、やっぱり、とため息をつく。
「そこは、好きじゃないのに付き合ったりしないでしょ。だろ」
「多分だけどさ。それ、罪悪感に近い感情じゃないの」
「罪悪感って。俺、悪いことしていないぞ」
「まぁ、待て。告白したのはどっちなんだ」
「告白は確か俺だった。気がする」
「おいおい、そんな大事なこと覚えていないのかよ」
「中学入ってからだからね」
「中学だと。俺よりも付き合い長いじゃないか」
「確かに、最初の頃よりかは好きと言う気持ちがなくなっていたかも知れないな」
 嫌いじゃないそう思うようになったのは、高校二年生のときに起った、一ヶ月に及ぶ大雨のあとからだと思う。毎日記録を超える降水量。その所為で、学校のない日が一ヶ月続いた。たった三十日だったが。会えない時間が、お互いの距離を遠ざけた。
「暗い顔している理由が、彼女と別れたとかなー。全く贅沢な悩みだな」
「あはは、ごめん」
「本当だぞ。公共施設で思い出話を聞かされる目にもなれってんだ」
「それは、雅也が聞いてきたんだろう」
「あれ、そうだったか」
「で、罪悪感ってのは何さ」
「好きでもないのに付き合っていると言うことだ。申し訳なさとかあるのかなーってな」
「ないな。それは」
「きっぱりと」
「きっぱりさっぱりだ。あいつも言っていた」
「あいつって、彼女のことか」
「元、な。あいつも。無理して一緒に居てくれていたと思う。伊達に長く付き合っていない。作り笑いをしているって時が度々あった。そもそも、高校が違うのに付き合いを続けるなんて無茶な話だったんだ」
「お互い別れるタイミングを逃していた。と言うことか」
「まぁ、そうだな」
 彼女と僕に共通の趣味はない。好きな物も違う。なのにどうして付き合っていたのか。正直僕には分からない。連絡もあれから一通も取っていない。
「なぁ。雅也。昔の偉人達の記録ってさ、本物なのかな」
「知らんね。まぁ、百パーセント本物ではないだろうな」
「歴史研究者はさ、書物や写真でしか本物を見極めることが出来ない。でもさ。それは、不確かな過去を特定する為の方法じゃん」
「ああ、んん。なんとなく分かるような。何が言いたいのか分からんが」
「要するに、俺と彼女が上手くいかなかったのは、意思疎通をしていなかった。気持ちを確かめることをしなかった。だと思う」
「ほうほう。そうだな」
「彼女に対する胸のつっかえはさ。演じることの罪悪感じゃなくて、本心を語っていないからだと思うんだ」
「何、もしかして、彼女のことはまだ好きだったのか」
「違う。ただ、飲み友達になりたいだけだ」
「友達って。また。男女の友情はないって、よく言うだろう」
「酒が絡めば、異性だろうと猿だろうと、語り合えるさ」
「それもそうだな。良いこと言うなぁ、空良さんよ」
 雅也は、何故か笑いながら背中を叩いてきた。以外と力が強いこともあり、少し苛つく。
「だから、連絡してみるわ」
 俺は、そう言い、ラインの連絡先から彼女の名前を探し、メッセージを送った。何故、別れた地でメッセージを送ったのか。この場所に居るから感じる後悔に近い感情を、彼女に抱いているからだろう。
 俺は女々しい人間だ。不意にそう思った。
 彼女はラインの返信は遅い方だった。しかし、一週間経っても返事は来ず、一ヶ月経っても既読すら着かない。そして、半年が過ぎ、ラインのアイコンが別れた時と同じことに気付く。どうやら、俺のむずかゆい思いは、展示場に来る度に思い出しそうだ。