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テーマ「高校生の主人公が、異性のキャラクターと出会う」
『嫌い、キライ、きらい』著:シジョウハムロ

 朝の喧騒に満ちた教室の中で、私は机に突っ伏して寝たふりをする。下ろした真っ直ぐな黒髪が無造作に広がるのも気にせずこうしていれば、拒絶の意思さえ示していれば、誰も私に触れようとしないから。
 だというのに、誰かがこちらにやってくる。私の拒絶を気にも留めず、図太く、そしてむかつくほどに優雅な足音がこちらに近づいてくる。……ああ、今日もまたやってきたのか、あの男は。
 足音の持ち主は、私の前にやってきて、いつものように私に話しかけてきた。
「おはよう、鳴海さん」
「……おはようございます、春川くん」
 顔を上げ、無難な言葉を、貼り付けた微笑と共に返す。
 私は、鳴海綾は、毎朝教室に入ってきては、必ず一直線に私のもとにやってくるこの男が、春川祐也が、嫌いである。
 そして、私は、私自身のことも、大嫌いだ。
 私は恵まれている。裕福な家庭に生まれ、素晴らしい両親の愛を受け、容姿は端麗で、頭脳は明晰である、自惚れでない事実として、私はそういう存在だ。
 だから、嫌いだ。
 恵まれた生まれは私に優越感を与え、恵まれた容姿は羨望の眼差しを惹きつけ、それが何とも心地良い。その『心地良い』と感じている自分自身が、どうにも気持ち悪いのだ。
「昨日のドラマ、見た?」
「ええ、面白かったですね」
 この胸の内に渦巻くドロドロとしたそれを押さえつけながら、他愛ない会話を続ける。
 私に話しかける彼もまた、整った容姿と、それに見合う人柄を持った男である。私と共に学級委員をしていることもあり、クラスではお似合いのカップルだ、という認識を持たれていた。
 ……彼と付き合う? 冗談じゃない。いや、彼だけじゃない、誰とでもお断りだ。
 私は恵まれている。容姿から、家庭から、何から何まで。
 だから視線を惹きつける。熱のこもった視線を、打算に満ちた視線を。
 その全てが気持ち悪い。視線も、それをもたらす恵まれた境遇も、優越感を感じている自分自身すらも、全てが、どうしようもないほど気持ち悪くて堪らない。
 目の前に立つこの男もそうだ。私のことを見るその眼は熱を孕み、その熱情をまっすぐにこちらへとぶつけてくる。だから嫌いなのだ。
「――話は変わるけどさ、最近話題のスイーツ店あるでしょ?」
「近所にオープンしたところですか?」
「そうそう、ああいうの好きだから行ってみたいんだけど、男一人だと肩身が狭くて」
 ああ、これ以上付きまとわないでほしい。いや、簡単なことだ。
 あなたのことが嫌い、もう話しかけないで。
 そう一言、言ってやればいい。それだけで彼は私から離れていく。
 ……それでもこうして他愛もない会話に付き合っているのは、私を見る有象無象の視線よりも、彼一人分の視線の方が幾分かマシだから。
 少なくとも、彼と付き合っているという認識を持たれていれば、その視線の熱は幾分か冷めていくから。
 そういう、理由のはずだ。
「だからさ、今度の休みの日、一緒に来てくれないかな? 同じ学級委員のよしみってことで」
「……デートのお誘いですか?」
「あはは、そうなるかも」
 だから、こんな誘いなどに応じる必要はないのだ。
 必要など、無いはずなのに。
「……どう、かな?」
「…………っ」
 ただ一言、拒絶すればいいだけなのに。
「……そうですね、構いませんよ」
「やった! じゃあそういうことで!」
 なぜ、嫌いなはずの視線から、逃れられないのだろう。

(了)